隣人とのトラブル
左様にされると5年このかた試験して来た前述の畑は冬3ヶ月全く日が当たらず、試験ができなくなる。よって抗議を申し込んだが聞き入れず、やむを得ず和歌山に登り、当時の県知事小腹新一氏に頼み、同氏から長さ3尺ほどの長文の論書を出し、郡長、学務課長に説論させたが、表面的に半ば聞き入れた体を装い、せっかく材木を集めたのでまったく工事を止めることにはならなかったが、図のように(※図は本で見てください。『南方熊楠コレクション〈第4巻〉動と不動のコスモロジー』 (河出文庫) 352頁※)ロロロなる旧長屋をイイイなる高い2階建ちにすると正中の所だけはだいぶ低くしよう、そのようにすれば日光が多少畑に当り、全く冬中畑に日が当たらないということはないだろうとのことで、イヽイヽの点で構造組み立ての棟を切って見せる。
よって学務課長らも安心して県庁へ引き上げ、小生もまずは少し安心して外出した間に、隣主が多くの人足を急に集め、。件の一度切った棟をつぎ合わせて、全体2丈ほどの高さの建物を建てた。このため小生の試験畑はまるで無効のものとなり、累年の試験は全廃となり申した。
そしてもっとも不埒なことは、この高い建物と拙宅界限との間に少しも空間をおかず、界限に接して右の建物を建てたため、人足らが棟上げのとき足場の余裕が少しもないので、拙方の邸地内に大勢入って来て、件の試験畑を蹂躙し、小生が不在なため、妻子が咎めると悪口雑言し、ひどい者は小便を垂れ散らす(その人足というのはあまり人々が好まぬ人群といえば、そのどのような人群であるかは察することができましょう)。
小生が帰ってきてこのことを聞き、大いに怒り、翌日右の高廈の小生方へ向いた方に壁を塗ろうとしているのを知り、再び小生宅地に入り込まないように、こちらの界限に接してかぎ針の付いた鉄条を3列に張りつめた。そのためこの鉄条網と壁との間に、壁塗り人足が身を入れることができない。
いろいろ嘆願したが小生は聞き入れず、到底壁を塗ることができないため、図のように(※図は本で見てください。『南方熊楠コレクション〈第4巻〉動と不動のコスモロジー』 (河出文庫) 353頁※)屋根の上から太い綱を下げ、狭い板を宙吊りにし、その上に人が坐って屋根の上から渡す板を一枚一枚取って粗壁に打ちつけて、ようやくこれを終えた。このとき小生方に軍師がいて、この高い建物に近接して堀を掘ろうと言ったが、小生は左様なことをすると、件の建物が必ず小生の低地内へ倒れ込むからと言って見合わせた。