飲酒
右のように女に思いを寄せられることは、秋の稲がイナゴに付かれるようである。しかし、法喜(※仏法に触れて感ずる喜び※)を妻とし、慈悲心を女となしたまう金粟王のことだから、何ともないが面白い。
「神に教えた鶺鴒(せきれい)よりも鴛鴦(おし)のつがいがうらやまし」という都々逸がある。予は自らセキレイとなって、我が国の出家どもも、よろしく立ち続けのちんぼに土砂をふりかけたり、楊柳観音や文殊師利童子を見てせんずりをかくよりは、オシドリを学んで芸妓遊びでもやらかし、人情を奥義を究めるか、またそれよりは真面目に妻をとり、それこそ「鶺鴒も一度教えて呆れ果て」と、奥義なら子宮の奥の卵巣まで極めよとすすめるのだ。
ただし、ルターが率先して尼を妻としてみせたのと事情は変わり、金粟はすでに無形の法喜を妻としているから、この上は一生浄行で果てるのだ。
惺窩(せいか)先生は、出家にろくなものがないのを恥じて還俗し、儒家の大家となったが、一生肉食妻帯せずして死なれた。その言葉に、徳が極めて高いような人は万人の信があるのでわからないが、予のような不徳の者は、ややもすれば自分が肉を食いたくて妻を持ちたくて仏教を離れ還俗したと人に言われてしまう。そうなっては後進の志を挫く手本になってしまうにちがいない。
だから自分は肉を食わず女犯しない辛抱をした。しかしながら、仏教より儒教が正しいという理屈だけから単に還俗したと示すために、一生出家と違った行儀はとらない、とおっしゃたとか。金粟のことは、またこれに似ている。今の人は何かというと、例のそれは偽りだろう、法螺だろうというからのことである。
ついでに言う。右の破戒の、米屋の妻に密通し、父を訴えなどした僧は、小生は酒を多く飲むとかいったとか。その人はそんなことを知るはずがない。面識1度もなく、予のそばにそんな卑怯な者を寄せないからである(小生の兄の家は滅んだが、自分と弟は今も平人よりは上の暮らしは致しており、田辺辺に1年ばかりいたが、1月に120円内外の暮らしで、ひとり広い宿に泊まり、また右述の豪家に泊まり、右の破戒僧ごときものは、門前払いである。その他も身分のある人でなければ座敷へ通さない)。
小生が酒を多く飲むという噂は、ずいぶん海外の学者の間でも知れているので、それで満足である。ただし、これも皮想の観、外聞の伝承と実情は大いに異なるものである。小生が伝聞のように酒を多く飲むならば、どうしてこの多岐にわたる学術の末枝までも修め得る暇があろうか。
幇間(※ほうかん:太鼓持ち、男芸者※)というものは常に酔っているが、じつは酒を飲んでいるのではない。酒の代わりに茶を同じ色に拵えてそなえておくものである。また、小生は借金などということをしたことがない。伝説のように酒を多く飲んで借金なしにいられるだろうか。人が来ているとき、嫌な、眉をしかめた顔をするよりは、酒でも飲ませ、飲んで見せ、元気よく見せるのも、世の中の福瑞のひとつである。人の前で酒を多く飲むからといって、たいてい人の腸の大きさは知れたものなので、そんなに飲めるものではない。