7-9 カマキリ
Mantis on the boardwalk / Benimoto
西牟婁郡富里村大字大内川の子供はカマキリを見ると「拝み拝まにゃこの道通さぬ」と言う。
『荘子』に「蟷螂が臂を怒らして車轍に当る。力をわきまえないことだ」。『韓詩外伝』に「斉の荘公が猟に出たのを蟷螂が足を挙げてその車輪を打とうとした。御者は、その力を量らず軽々しく敵に当たるのを笑ったが、荘公はこれは天下の勇虫であるといって、車を回してこれを避けさせたので、天下の勇士は荘公に帰依した」とある。大内川の伝はこれと反対で蟷螂が人を拝まなければ人が蟷螂の進行を止めると言うのだ。
この虫ほど俗伝迷信の となる虫はおそらくなかろう。古ギリシアでこれをマンチス(占者)と呼び、今もフランスのラングドグ地方の庶民はこれを拝神者と名付けて神物とし、トルコ人アラビア人はそれが常に聖地メッカに向かい拝むと信じている。ヌジア人はまたこれを尊び、ホッテントット人は、この虫が人の衣に留まるのはその人が神の恵みを得て大きな幸がある徴候であると伝える(『大英類典』11版17巻606頁、バルフォール『印度事彙』3版2巻854頁)。
『本草』にこの虫に食わせてイボを治療することを載せ、『和名抄』に蟷螂和名イボムシリ、『本草啓蒙』にイボムシ、イボサシ、イボジリ、イボクヒ、カマキリテウライなどの方言を挙げる。『埤雅』に、「この虫は葉を取って身を隠し蝉を捕らえて食う。その葉を得た人は自分の形を隠すことができる」とある。
田辺に近い神子浜ではこれを「かまんと」(鎌人の意か)と称え、煎じ、もしくは焼いて服すれば脚気を治すと言う。この他に本邦で蟷螂に関する俗伝があるのを知らない。もしあれば教示を乞う。和歌山市でもこの虫を「拝めとうろう」と呼ぶ人があるが、ただその姿勢の形容までで欧州のように神を拝むなどの説はないようである。