3-2 狐の仕返し
田辺町に近接している湊村に、昔、金剛院という山伏がいた。庚申山という山伏寺で山伏の寄り合いがあるので、神子浜の自宅から赴く。その途中の道に老狐が臥している。その耳に法螺を近づけて大きく吹くと、狐は大いに驚いて去る。
その仕返しにかの狐が、闘雞権現社畔の池に入り、しきりに藻をかぶって金剛院に化ける。庚申山へ行く山伏らがこの次第を見、さては今日狐が金剛院に化けて寺へ来るつもりだ、早く待ち受けて打ち懲らしてやれと走って行って待つと、しばらくして金剛院が殊勝げに来るのを寄って囲んで散々に打擲しても化けの皮が顕われず、苦しみ怒るのみで、ついに真正の金剛院とわかった。まったく法螺で驚かされた仕返しに、狐が悪戯をしたのだった。
熊楠が思うに、この話と似た奴が支那の呂覧巻二十二、疑似篇に出ている。梁此の黎丘部に奇鬼がいて、人の子の姿をなる。村の大人が市に行って酔って帰るところへ、その子の姿をして化け出て、大夫を介抱して帰る途中おびただしく苦しめた。大人は家に帰ってその子を責めると、昔に東村の人に貸した物の催促に行っていた、どうして父を苦しめることができるのか、偽りと思うのならかの人にお聞きくださいと言う。父はそれではきっとかの鬼の仕業だ、仕返ししてやれと思う。明日また市に行って飲み帰るところを、子が案じて迎えに行った。それ、鬼が来たと用意していた剣を抜いて、殺してみると真の我が子だったとある。