蛇に関する民俗と伝説(その31)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • (蛇の変化1)

         蛇の変化

     これに関する話は数え切れぬほど多いからほんの言い訳までに少々例を挙ぐる。『和漢三才図会』に「ある人船に乗り琵湖を過ぎ北浜に著く、少頃しばし納涼の時、尺ばかりの小蛇あり、游ぎ来り蘆梢に上り廻り舞う、下り水上を游ぐこと十歩ばかり、また還り蘆梢に上る初めのごとし、数次ようやく長丈ばかりと為る、けだしこれ升天行法か、ここにおいて黒雲おおい闇夜のごとし、白雨はくう降り車軸のごとし、竜天にのぼりわずかに尾見ゆ、ついに太虚に入りて晴天と為る」。

    誰も知るごとく、新井白石が河村随軒の婿むこに望まれた折、かようの行法に失敗して刃に死んだ未成の竜の譚を引いて断わった。支那には『述異記』に、〈水※(「兀+虫」、第4水準2-87-29)五百年化けて蛟と為り、蛟千年化けて竜と為る〉。※(「兀+虫」、第4水準2-87-29)とは『本草』に蝮の一種と見えるから、水※(「兀+虫」、第4水準2-87-29)とは有害の水蛇を指したと見える。西土にも蛇が修役を積んで竜となる説なきにあらず。

     古欧州人は蛇が他の蛇を食えば竜とると信じた(ハズリットの『諸信および俚伝フェース・エンド・フォークロール』一)。ハクストハウセン説に、トランスカウカシア辺で伝えたは、蛇中にも貴族ありて人に見られずに二十五歳れば竜となり、諸多の動物や人を紿あざむき殺すためその頭を何にでも変じ得。さて六十年間人に見られず犯されずば、ユクハ(ペルシア名)となり全形をどんな人また畜にも変じ得と。天文元年の著なる『塵添※(「土へん+蓋」、第3水準1-15-65)嚢抄じんてんあいのうしょう』八に、蛇が竜になるを論じ、ついでに蛇また鰻にるといい、『本草綱目』にも、水蛇がはもという魚に化るとあるは形の似たるよりあやまったのだ。

    文禄五年筆『義残後覚ぎざんこうかく』四に、四国遍路の途上船頭が奇事を見せんという故蘆原にある空船に乗り見れば、六、七尺長き大蛇水中にて異様にめぐる、半時ほど旋りて胴中炮烙ほうろくの大きさに膨れまた舞う内に後先あとさき各二に裂けて四となり、また舞い続けて八となり、すなわちたこりて沖に游ぎ去ったと見ゆ。例の『和漢三才図会』や『北越奇談』『甲子夜話』などにも蛇蛸に化る話あり。

    こんな話は西洋になけれど、一八九九年に出たコンスタンチンの『熱帯の性質ラ・ナチュール・トロピカル』に、古ギリシアのアポロン神に殺された大蛇ピゾンが多足の竜ヒドラに化ったちゅうは、蛇が蛸になるを誇張したのであろうとあるは、日本の話を聞いて智慧附いたのかそれとも彼の手製か、いずれに致せ蛸と蛇とは似た物と見えるらしい。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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