蛇に関する民俗と伝説(その39)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • 蛇の効用
  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇の効用1)

         蛇の効用

     この辺でまた伝えしは、前掲トチワの国では蛇を常食としダシを作ると。されば現時持てはやさるる「味の素」は蛇を煮出して作るというも嘘でないらしいと言う人あり。琉球で海蛇を食うなどを訛伝かでんしたものか。効用といえば未開半開の世には蛇が裁判役を勤めた。昔琉球で盗人を検出するに、巫女蛇を連れ来り、衆人を集め示せば、盗人に食い付きていささかもたがわず、故に盗賊なかりしと(『定西法師伝』)。

    熊楠案ずるに『隋書』に日本人の獄訟うったえを、〈あるいは小石を沸湯中に置き、競うところの者にこれを探らしむ、いわく理曲なればすなわち手ただる、あるいは蛇を甕中に置きこれを取らしむ、いわく曲なればすなわち手をす〉。前者は武内宿禰たけのうちのすくねなどが行った湯起請ゆぎしょうで国史にも見える。

    それと記しならべたるを見ると古く蛇起請も行われたるを、例の通り邦人は常事として特に書き留めなんだが、支那人は奇として記録したのだ。礼失して野に求むてふ本文のごとく、かかる古俗が日本に亡びて、琉球に遺存したのだ。それよりも珍事は十字軍の時、回将サラジンが大蛇を戦争に使わんとしたので五月号に出し置いた。

    西洋で鰻を食うに、骨切りなどの法なく、ブツブツと胴切りにしてしるに煮るを何やら分らずにう。ウィリヤム・ホーンの書を見ると、下等な店では蛇を代用するもあるらしい。由って在英中得も知れぬきたない店どもへ多く入りて鰻汁を命じ、注意してたが最早そんな事はせぬらしかった。

    今昔物語』など読むと、本邦でも低価な魚として蛇を食わせ、知らぬが仏の顧客を欺く事も稀にあったらしいが、永良部鰻えらぶうなぎてふ海蛇のほかに満足に食用すべきものなきがごとし。昔支那から伝えた還城楽げんじょうらくは本名見蛇楽けんじゃらくで、好んで蛇を食う西国人が蛇を得て悦ぶ姿を摸したという。

    古今風俗の違いもあるべきが、支那より西に当って蛇を食う民を捜すと、『聖書』に爬虫類を啖う禁戒あれば、ユダヤ教やキリスト教の民でまずはない。しかるに回教を奉ずるアラビア人は、無毒の蛇を捕え頭を去り体を小片に切り串に貫き、火の上にまわしながらレモンや塩や胡椒こしょう等を振り掛け食う。欧人これを試みた者いわく、なまぐさくてならぬ故臭い消しにあぶる前、その肉をやや久しく酢に漬け置くべし味は鰻に優るとも劣りはせんと(ピエロチの『パレスチン風俗口碑記』四六頁)。

     支那や後インドで※蛇肉ぜんじゃにく[#「虫+冉」、305-15]賞翫しょうがんし、その胆を薬用する事は本篇の初回に述べた。プリニウス言う、エチオピアの長生人マクロビイアトス山の住民等蝮を常食とし、しらみ生ぜず四百歳の寿を保つと。一六八一年に成ったフライヤーの『東印度および波斯新話ア・ニュウ・アッカウント・オヴ・イースト・インジア・エンド・パーシア』一二三頁に、蝮酒は肺癆はいろうを治し、娼妓の疲れ痩せたるを復すといい、サウシの『随得録コンモンプレース・ブック』四には、蝮酒はく性欲を強くするとある。『本草綱目』に、よきさけ一斗に蝮一疋活きたまま入れて封じ、馬がいばりする処に埋め、一年経て開けば酒は一升ほどに減り、味なお存し蝮は消え失せいる。これを飲めば癩病を癒すとある。蝮は興奮の薬力ある物か。予が知る騎手など競馬に先だち、乾した蝮の粉を馬にえばうと、甚だ勇み出すといった。先日の新紙に近年蛇を薬用のため捕うる事大流行で、にしんを焼けば蛇つどい来るとあったが虚実を知らぬ。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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