蛇に関する民俗と伝説(その40)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

  • 名義
  • 産地
  • 身の大きさ
  • 蛇の特質
  • 蛇と方術
  • 蛇の魅力
  • 蛇と財宝
  • 異様なる蛇ども
  • 蛇の足
  • 蛇の変化
  • 蛇の効用
  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇の効用2)

     一六六五年再版ド・ロシュフォーの『西印度諸島博物世態誌イストア・ナチュラル・エ・モラル・デ・イール・アンチュ』一四二頁に、土人の家に蛇多く棲むも鼠を除くの効著しき故殺さずと見え、『大英百科全書』四に両半球に多種あるボア族の大蛇いずれも温良おとなしく、有名なボア・コンストリクトルなど、人と同棲して鼠害を除くとある。その鼠害というはなかなか日本のような事でなく、予かつて虫類を多く集め来り、針もて展翅板てんしばんへ留め居る眼前へ鼠群襲い来り、予が一疋の蝶に針さす間に先様から鼠に※(「くさかんむり/韲」、第4水準2-87-23)ふんさいされ、一方へ追い廻る間に他方より侵来して何ともなる事でなかった。かかるところにあっては蛇の姿を嫌がるどころにあらず、諸邦でこれを家の祖霊、耕地の護神とせるはもっとも千万せんばんと悟った。

    さる功績あらばこそ堅固なキリスト信教国の随一たるスウェーデンですら、十六世紀まで蛇を家の神とまつった。「蛇の変化」の項で記したホイダーの蛇神大崇拝のごとき、この国に蛇ほど尊きものなきごとくしたは不思議に堪えぬ。しかるにその実状をた公平な論者は、古く既にこの神とかしずかるる蛇が毒蛇どもを殺し、田畑に害ある諸動物を除く偉功を認めかく敬わるるは当然だといった(アストレイ、三の三七頁)。わが国の農民が、蛇家に入るをミが入ると悦ぶも、もと蛇が大いに耕作を助けた時の遺風と知れる。

     それから随分危険ながら蛇が著しく人を助くる今一件は、その毒をやじりに塗りて蠢爾しゅんじたる最も下劣な蛮人が、猛獣巨禽を射殺して活命する事だ。パッフ・アッダーはほとんどアフリカ全部に産し、たけ四、五フィートに達する大毒至醜の蝮で、その成長した奴は世界でもっとも怖るべき物という。この蝮は平生頭のみ露わして体を沙中に埋め、その烈毒をたのんでみだりに動ぜず。人畜近くに及び、わずかに首をもたぐ。人はもとより馬もこれに咬まるれば数時の後たおる。

    しかるにこの蛇煙草汁を忌む事抜群で、この物煙草汁にあたって死するは、人がこの物の毒に中って死するより速やかだから、ホッテントット人これを見れば、煙草を噛んでその面に吹き掛け、あるいは杖のさきにそのやにを塗りて、これに咬み付かしむればたちまち死す。ブシュメン人、この蛇の動作鈍きに乗じ、急にその頸を跣足はだしで蹈みおさえ、一打ちに首を切り、さてゆっくりその牙の毒を取り、鏃に着くるに石蒜ひがんばな属のある草の粘汁を和す。

    ブシュメン用いるところの弓は至って粗末なるに反して、その矢は機巧を究め、蘆茎を※(「竹かんむり/幹」、第3水準1-89-75)やがらとし、猟骨を鏃とし、その尖にくだんの毒をけて※(「竹かんむり/幹」、第3水準1-89-75)中に逆さまに挿し入れおさめ置き、用いるに臨み抜き出して尋常に※(「竹かんむり/幹」、第3水準1-89-75)の前端にめ着く。このブシュメン人は濠州土人火地人フェージャン等とならびに最劣等民とべっせらるるに、かくのごとき優等の創製を出した上に、パッフ・アッダーを殺すごとその毒をまば、蛇毒ついにその身を害し能わざるべきを予想し、実行したるは愚者も千慮の二得というべし。

     ウッドの『博物画譜』にいわく、パッフ・アッダーに咬まれたのに利く薬たしかに知れず。南アフリカの土人は活きた鶏の胸を開いて心動いまだまぬところをきずに当てると。一七八二年版ソンネラの『東印度および支那紀行』にいわく、インドのカリカルで見た毒蛇咬の療法は妙だった。若い牝鶏の肛門を創に当て、その毒を吸い出さしむると少時して死す。他の牝鶏の尻を当てるとまた死す。かくて十三回まで取り替ゆると、十三度目の者死なずまた病まず。その人ここにおいて全快したと。

    多紀某の『広恵済急方』という医書に、雀の尻上を横りした図を出し、確か指を切って血止まらざるを止めんとならば、活きた雀を腰斬りしてその切り口へ傷処をさし込むべしとあったと記憶するが、これらいずれも応急手当として多少の奏効をしたらしい。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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