(蛇の特質1)
蛇の特質
蛇の特質は述べ尽くされぬほどあるだろうから、思い出すままに少々書いて見る。豊後の三浦魯一氏の説に(『郷土研究』二巻三号、以下この雑誌を単に『郷』と書き、巻数と頁数は数字のみ挙ぐる)蛇を川に流しこっちに首を向ければ戻って来る。向う岸の方に向ければ帰って来ぬとあるは何でもない事のようだが、蟾蜍が首を向けたと反対の方へ行くと全く異って面白い。
『古史通』に「『神代巻抄』に人を呪詛する符などをば後様に棄つる時は我身に負わぬという、反鼻をも後様に棄つれば再び帰り来らずというと見えたり」、紀州西牟婁郡では今もこうして蛇を捨てる。本邦でも異邦でも蛇が往来稀ならぬ官道に夏日臥して動かぬ事がある。これは人馬や携帯品に附いて来る虫や様々の遺棄物を餌うためでもあろう。
ルマニヤの俗伝にいわく昔犬頭痛甚だしくほとんど狂せんとし、諸所駈け廻るうち蛇に邂逅せ療法を尋ねた。蛇いわく僕も頭痛持ちだが蛇の頭痛療法を知ると同時に犬の頭痛療法を心得おらぬから詰まらない。犬いわく汝の事はどうでもよい、とにかく予の頭痛を治す法を教えてくれ後生だ。蛇いわくそれそこにある草を食べなされ、直ちに治ると、犬すなわち往きてその草を食い頭痛たちまち快くなった。
人さえ背恩の輩多き世に犬が恩など知ろうはずなく、頭痛が治った意趣返しをやらにゃならぬと怪しからぬ考えを起し、蛇を尋ねておかげで己の病は治ったが頃日忘れいた蛇の頭痛療法を憶い出したと語り、蛇に懇請されてそれなら教えよう、造作もない事だ、汝が頭痛したら官道に往って全く総身を伸ばして暫く居れば輙く治ると告げた。
蛇教えのままに身を伸ばして官道に横たわり居ると、棒持った人が来て蛇を見付けると同時に烈しくその頭を打ったので、蛇の頭痛はまるで何処へ飛んでしまった。蛇は犬の奸計とは気付かず爾来頭が痛むごとに律義に犬の訓え通り官道へ横たわり行く。つまり頭が打ち砕かれたら死んでしまうから療治も入らず。幸い身を以て遁れ得たら太く驚いて何処かへ頭痛が散ってしまうのである(一九一五年版ガスター著『羅馬尼禽獣譚』)。
コラン・ド・プランシーの『妖怪字彙』四版四一四頁には、欧州に蛇が蛻ぐごとに若くなり決して死なぬと信ずる人あるという。英領ギヤナのアラワク人の談に、往時上帝地に降って人を視察した、しかるに人ことごとく悪くて上帝を殺そうとし、上帝怒って不死性質を人より奪い蛇蜥蜴甲虫などに与えてよりこれらいずれも皮脱で若返ると。
フレザーの『不死の信念』(一九一三年版)一に、こんな例を夥しく挙げて昔彼輩と人と死なざるよう競争の末人敗れて必ず死ぬと定ったと信ずるが普通だと論じた。
この類の信念から生じたものか、本邦で蛇の脱皮で湯を使えば膚光沢を生ずと信じ、『和漢三才図会』に雨に濡れざる蛇脱の黒焼を油で煉って禿頭に塗らば毛髪を生ずといい、オエンの『老兎巫蠱篇』に蛇卵や蛇脂が老女を若返らすと載せ、『絵本太閤記』に淀君妖僧日瞬をして秘法を修せしめ、己が内股の肉を大蛇の肉と入れ替えた。それより艶容匹なく姿色衰えず淫心しきりに生じて制すべからず。ために内寵多しとあるは作事ながら多少の根柢はあるなるべし。本邦で蛇は一通りの殺しようで死に切らぬ故執念深いという。
これに反し蝮は強き一打ちで死ぬ。『和漢三才図会』に蝮甚だ勇悍なり、農夫これを見付けて殺そうにも刀杖の持ち合せない時、これに向って汝は卑怯者だ逃げ去る事はならぬぞといい置き、家に還って鋤鍬を持ち行かば蝮ちゃんと元のままに待って居る。
竿でその頭を※[#「てへん+孑」、234-14]るにかつて逃げ去らず。徐々と身を縮め肥えてわずかに五、六寸となって跳び懸かるその頭を拗げば死すとある。蝮は蛇ほど速く逃げ去らぬもの故、人に詞懸けられてその人が刀杖を取りに往く間待って居るなど言い出したのだ。
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「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収