蛇に関する民俗と伝説(その16)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • 蛇と財宝
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  • 蛇の変化
  • 蛇の効用
  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇の魅力1)

         蛇の魅力

     『塵塚ちりづか物語』は、天文二十一年作という、その内にいわく
    「ある人の曰く、およそ山中広野を過ぐるに、昼夜を分たず心得あるべし、人気まれなる所で、天狗魔魅の類、あるいは蝮蛇を見付けたらば、逃げ隠るる時、必ず目を見合すべからず。怖ろしき物を見れば、いかなるたけき人も、頭髪立て足に力なく振いづ。これ一心顛倒するに因ってかかる事あり。この時眼を見合すれば、ことごとくかの物に気を奪われて、即時に死するものなり。ほかの物は見るとも、構えて眼ばかりはうかがうべからず。これ秘蔵の事なり。たとえば暑き頃、天に向いて日輪を見る事暫く間あらば、たちまち昏盲として目見えず。これ太陽の光明さかんなるが故に云々。万人に降臨して、平等に臨みたもう日天さえかくのごとし、いわんや魔魅障礙しょうげの物をや、毫髪ごうはつなりとも便を得て、その物に化して真気を奪わんと窺う時、眼を見るべからずとぞ」。

    曖昧な文だが、日本にも邪視を怖るる人あり、蛇に邪視ありと信じた証に立つ。この論に、日の光が人の眼を眩ますを、邪視に比したは、古エジプトで諸神の眼力極めて強く、能く諸物を滅すとせるに似て面白い。たとえば、古エジプトの神ホルスは、日を右眼とし、月を左眼とし、その眼力能く神敵たる巨蛇アペプをくびきる。また神怒れば、その眼力叢林を剿蕩そうとうす。またラー神の眼、諸魔を平らぐるに足るなど信じた。

    『薩婆多論』に、むしろ身分を以て毒蛇口中に入るも、女人を犯さざれ、蛇に三事ありて人を害す、見て人を害すると、触れて害すると、噛んで害するとあり。蛇と等しく女人にも三害あり。もし女人を見れば、心欲想を発し人の善法を滅す、もし女人の身に触るれば、身中罪を犯し、人の善法を滅す。もし共に交会せば、身重罪を犯し人の善法を滅す。また七害あり。一には、もし毒蛇に害せらるればこの一身を害すれど、女人に害せらるれば、無数身を害す云々と、長たらしく女の害、遥かに蛇にまされる由数え立て居る。ここに蛇見て人を害すとあるは、インドでも蛇は邪視を行うとしたのだ。

    ただし女人には、邪視や見毒のほかに、愛眼というやつがあって、その効果もっとも怖ろしい。本町二丁目の糸屋の娘、姉が二十一、妹が二十、諸国諸大名はやいばで殺す、この女二人は、眼元で殺すと唄うこれなり。その糸屋はどうなったか、博文館は同町故、取り調べて史蹟保存とするがよい。

    要するに女人は、毒蛇よりも忌むべしなどいうは、今日に適せぬ愚論で、中古の天主徒が洗浴を罪悪として、某尊者は、幾年ふろに入らなんだなど特書したり、今日の耶蘇ヤソ徒が禁酒とか、公娼廃止とか喋舌しゃべると同程度の変痴気説じゃ。

    一六四四年、オランダで出版された『ヒポリツス・レジヴィヴス』てふ詩は、手苛てひどく婦女を攻撃したものだが、発端に作者自ら理論上女ほど厭な者はない、しかし実行上好きで好きで神と仰ぐと断わって居るは、いと粋な人だ。惜しい事にはその本名が伝わらぬ。上に引いた『薩婆多論』の述者も、多分こんな性の坊主だろう。

     女の方へ脱線ばかりすると方付かたづかぬから、また蛇の方へ懸るとしよう。まず蛇の魅力の豪い奴から始める。『酉陽雑俎』の十に、〈蘇都瑟匿国西北に蛇磧あり、南北蛇原五百余里、中間あまねき地に、毒気烟のごとくして飛鳥地に墜つ、蛇因って呑み食う〉、これは地より毒烟上りて、鳥を毒殺するその屍を蛇が食うのか、蛇がそのすなはら一面に群居し、毒気を吐きて鳥をおとし食うのか判らぬ。蛇が物を魅するというは、普通に邪視を以てにらみ詰めると、虫や鳥などが精神恍惚とぼけて逃ぐる能わず、蛇に近づき来り、もしくは蛇に自在に近づかれて、その口に入るをいうので、鰻が蛇に睥まれて、頭を蛇の方へ向けおよぎ、少しも逃げ出す能わなんだ例さえ記されある。

    『予章記』に、呉猛が殺せし大蛇は、たけ十余丈で道を過ぐる者を、気で吸い取り呑んだので、行旅たびびと断絶した。『博物志』に、天門山に大巌壁あり、直上数千 じん、草木こもごも連なり雲霧掩蔽えんぺいす。その下の細道を行く人、たちまち林の表へ飛び上がる事幾人と知れず。仙となりて昇天するようだから、これを仙谷とづけた。遠方から来て昇天を望む者、この林下にさえ往けば飛び去る。しかるにこれを疑う者あり、石を自分の身につなぎ、犬をいて谷に入ると犬が飛び去った。さては妖邪の気が吸うのだと感付き、若少者わかもの数百人を募り捜索して、長数十丈なる一大蟒蛇うわばみを見出し殺した(『淵鑑類函』四三九)。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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