蛇に関する民俗と伝説(その17)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

  • 名義
  • 産地
  • 身の大きさ
  • 蛇の特質
  • 蛇と方術
  • 蛇の魅力
  • 蛇と財宝
  • 異様なる蛇ども
  • 蛇の足
  • 蛇の変化
  • 蛇の効用
  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇の魅力2)

     プリニウスいわく、ポンツスのリンダクス河辺にある蛇は、その上を飛ぶ鳥を取り呑む、鳥がどれほど高く速く飛んでも必ず捉わると。『サミュール・ペピスの日記』一六六一年二月四日の条に、記者ある人より聞いたは、英国ランカシャーの荒野に大蛇あり、雲雀ひばりが高く舞い上がるを見て、その真下まで這い行き口をもたげて毒を吐かば、雲雀たちまちかえり堕ちて蛇口に入り、餌食となると書いた。

    コラン・ド・プランシーの『妖怪辞彙ジクチョネーランフェルナル』五版四一三頁に、ペンシルヴァニアの黒蛇、樹下に臥して上なる鳥や栗鼠りすを睥むと、たちまち落ちてその口に入るといい、サンゼルマンの『緬甸帝国誌ゼ・バーミース・エンパイヤー』に、ビルマ人は、蛇が諸動物を魅して口へ吸い込む、かつて大きな野猪が、虎と噛み合うていたところを、大蛇がこの伝で呑んだといい、帽蛇に睥まれた蛙は、哀鳴してその口に飛び入り食わるというとある。

    ペンナントいわく、響尾蛇ラトル・スネーク、樹上の栗鼠を睨めば、栗鼠のがれ能わず悲しみ鳴く、行人その声を聞いて、響尾蛇がそこに居ると知る(熊楠、米国南部で数回かかる事あった)。栗鼠は樹を走り、上りまた下り、また上り下る。一回は一回より増えて多く下る。この間蛇は、栗鼠を見詰めて他念なく、人これに近づくもよほど大きな音せねば逃げず、最後に栗鼠蛇の方へ跳び下りるを、待ってましたと頂戴ちょうだいしおわると。

    ル・ヴァーヤンも、みずから鳥が四フィートばかり隔てて、蛇にねらわるるを見しに、身体痙攣ひきつりて動く能わず。傍人蛇を殺して鳥を救いしも、全く怖れたばかりで死にいた証拠には、その身をしらべしに少しもきずなかった。また二ヤードほど距てて蛇に覘わるる鼠を見しに、痙攣ひきつりて大苦悩したが、蛇を追い去って見れば鼠は死にいたりと。

    米国のバートンこれを評して、世に事々ことごとしく蛇の魅力というは、蛇にねらわるる鳥獣がその子供の命を危ぶみ恐れて叫喚するまでの事で、従来魅力一件を調べると、奇とすべき事がただ一つあるのみ、それは観察も相応に、理解もよい人にして、なおこんな愚説を信ずる一事だと言ったが、フェーラーが言ったごとく、蛇にとらわれわるるまで一向蛇を恐れぬ動物も、やはり蛇に魅せられるから、魅力すなわち恐怖とも言えぬ。

     明治十九年秋、予和歌山近傍岩瀬村の街道傍の糞壺の中に、蛙がうめくを聞き、いて見ると尋常なみの青大将が、蛙一つくわえ喉へみ下すたびに呻くので、その傍に夥しく蛙がさして、驚いた気色もなく遊びおよぎ居るを、蛇が一つ呑みおわりてまた一つ、それからまた一つと夥しく取って啖うのだ。

    予四十分ばかり見ていたが、大分腹も日も北山に傾いて来たから、名残なごり惜しげに立ち去った。この場合、もし魅力これ恐怖といわば、壺中で四十分も自在に游ぎ廻る間に、一疋くらいは壺から外へ逃げそうなものだ。

    しかるに阿片に酔わされた女が、踏みられても支那人の宅を脱せぬごとく、朋輩ほうばいが片端から啖わるるを見、呻き声を聴きながら、悠々と壺中に游ぎて壺外に跳び出ぬは、魅力が恐怖と別事たるを証する。

    まことや蛇は寸にしてその気ありで、予当時動物心理学などいう名も知らなんだが、よほど奇妙と思うて、当日の日記に書き留め居る。ロメーンズは諸家の説を審査した後、ある動物は蛇に睥まれて精神混乱し、進退度を失うて逃れぞこない、蛇の口に陥り、また蛇近く走り行くのだろうと言った。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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