蛇に関する民俗と伝説(その38)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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    弥沙塞五分律みしゃそくごぶんりつ』八に、
    〈仏、舎衛城に在り、云々。時に一の年少の婦人の夫を喪う有りて、これなるおもいをす。我今まさに何許いずくかに更に良き対を求めるべし、云々。まさに一の客舎を作り、在家出家の人を意に任せて宿止せしめ、中において択び取らんと。すなわち便ただちにこれを作り、道路に宣令して、宿るをつ。時に阿那律、暮にかの村に至り、宿所を借問す。人有りて語りて言う、某甲の家に有りと。すなわち往きて宿を求む。阿那律、先に容貌きも、既に得道の後は顔色常に倍せり。寡婦、これを見て、これなる念いをす。我今すなわちすでに好きむこを得たりと。すなわち、指語すらく中に宿るべしと。阿那律すなわちすすみて室に入り結跏趺坐けっかふざす。坐して未だ久しからずしてまた賈客あり、来たりて宿を求む。寡婦答えて言う、我常に客を宿すといえども、今已に比丘に与え、また我に由らずと。賈客すなわち主人の語を以て、阿那律に従きて宿を求む。阿那律寡婦に語りて言う、もし我に由らば、ことごとく宿をゆるすべしと。賈客すなわち前にる。寡婦またこれなる念いを作す。まさに更に比丘を迎えて内に入らしむべし、もししかせざれば、後來期なからんと。すなわち内に更に好き牀を敷き燈を燃し、阿那律に語りて言う、進みて内に入るべしと。阿那律すなわち入りて結跏趺坐し、繋念して前に在り。寡婦衆人の眠れる後に語りて言う、大徳我の相むかえる所以の意を知れるやいなやと。答えて言う、姉妹よ汝が意は正に福徳に在るべしと。寡婦言う、とこれを以てにあらずと、すなわちつぶさに情を以て告ぐ。阿那律言う、姉妹よ我等はまさにこの悪業をすべからず、世尊の制法もまたゆるさざる所なりと。寡婦言う、我はこれ族姓にして年は盛りの時に在り、礼儀つぶさに挙がりて財宝多饒なり。大徳の為に給事せんと欲す。まさに願うべき所、なにとぞして納められよと。阿那律これに答えること初めの如し。寡婦またこれなる念いを作す。男子の惑う所はだ色に在り。我まさに形をあらわにしてその前に立つべしと。すなわち便ただちに衣を脱して前に立ちて笑う。阿那律すなわち閉目正坐し、赤骨観を作す。寡婦またこれなる念いをなす。我かくの如しといえども、彼猶お未だ降らずと。すなわち牀に上りこれとともに共に坐さんと欲す。是において阿那律踊りて虚空に昇る。寡婦すなわち大いに羞恥し、慚愧の心を生じ疾く還りて衣を著し、合掌して過ちを悔い、云々。阿那律妙法を説き、寡婦聞きおわりて塵を遠ざけ垢を離れて、法眼の浄なるを得たり〉。
    これが少なくとも、熊野の宿主寡婦が安珍に迫った話にもっともよく似居る。

      『油粕あぶらかす』に「堂の坊主の恋をする頃、みめのよき後家や旦那に出来ぬらん」とあるごとく、双方とも願ったりかなったり。明き者同士なれば、当時の事体、安珍の対手あいて清姫てふ室女とするよりは、宿主の寡婦とせる方恰好に見える。

    外国でも色好む寡婦、しばしば旅宿を営んだ(ジュフールの『売靨史』や、マーレの『北土考古篇ノーザーン・アンチクイチース』ボーン文庫本三一九頁等)。一九〇七年版カウエルおよびラウス訳『仏本生譚ジャータカ』五四三に、梵授王の太子、父に逐われ隠遁いんとんせしが、世を思い切らず竜界の一竜女、新たに寡なるが他の諸竜女その夫の好愛するを見、ついに太子を説いてともに棲むところあるなど、竜も人間も閨情に二つなきを見るに足る。この辺で俗伝に安珍清姫宅に宿り、飯を食えばはなはうまし。ひそかにのぞくと清姫飯を盛る前必ずわんむる、その影行燈あんどんに映るが蛇の相なり。怪しみおそれて逃げ出したと。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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