神社合祀に関する意見(現代語訳15)

神社合祀に関する意見(現代語訳)

  • 1 神社合祀令
  • 2 三重県における合祀の弊害
  • 3 神社合祀の強行
  • 4 熊野本宮の惨状
  • 5 新宮、那智
  • 6 熊野古道の惨状1
  • 7 熊野古道の惨状2
  • 8 神社合祀の悪結果1
  • 9 神社合祀の悪結果2
  • 10 神社合祀の悪結果3(前編)
  • 11 神社合祀の悪結果3(後編)
  • 12 神社合祀の悪結果4(前編)
  • 13 神社合祀の悪結果4(後編)
  • 14 神社合祀の悪結果5
  • 15 神社合祀の悪結果6(前編)
  • 16 神社合祀の悪結果6(後編)
  • 17 神社合祀の悪結果7(前編)
  • 18 神社合祀の悪結果7(後編)
  • 19 神社合祀の悪結果8(前編)
  • 20 神社合祀の悪結果8(後編)
  • 21 至極の秘密の儀法
  • 22 神社合祀中止を求む
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    神社合祀の悪結果 第6(前編)


     第六
     神社合祀は土地の治安と利益に大害がある。


     むかし孔子に子貢が尋ねたことには、殷の法に灰を町に棄てた者を足切りの刑に処せるのは苛酷すぎるのではないか、と。孔子が答えて言うには、決して苛酷ではない、灰を町に棄てれば風が吹く度に衣服を汚し、人々は不快を懐く、自然に喧嘩が多くなり大事を惹き起こすだろう、故に一人を刑して万人が慎むための法である、と。

    西洋諸国が、土一升に金一升を惜しまず専心して公園を設けるのも、人々に不快の念を懐かさせず、民心を和らげ世を安んじようとするのである。わが邦は幸いに昔から大字ごとに神社があり仏閣があって人民の労働を慰め、信仰の念を高めると同時に、一挙して和楽慰安の所を与えつつ、また地震、火難等の折に臨んでは避難の地を準備したのである。

    今聞くがごとくんば、名を整理に借りてこれら無用のようであるが実は世を治めるのに大用ある諸境内地を狭めようとするのは、国のためにすこぶる憂うべきことである。

     近ごろ本邦は村落の凋落がはなはだしく、百姓は農業を楽しまず、相率いて都市に流浪し出して、悪事をなす者が多い。これを救済しようとして山口県などでは盆踊りをすら解禁し、田中正平氏らはこれを主張する。このような弊事多いことすら解禁して村民を安んぜようとするが、盆踊りは年中踊り通すべきものではない。

    さて一方では神社のように清浄無垢在来通りで何の不都合もない本邦固有特色の快楽場を滅却させ、富人豪族が神社跡に別荘を立て、はなはだしきは娼妓屋を開きなどするので、貧民の婦女児童は従来と異なり、また神社に詣でて無邪気な遊戯を神林中で催すことができない。

    大通りに寝転んでいて自転車に傷つけられ、田畑に踏み込んで事を起こし、延いて双方の親同士の争闘となり、郷党二つに分かれて大騒ぎし、その筋の手を煩わすなどのことが多いのは、取りも直さず、灰を市に棄つるを禁ぜずして国中に争乱が絶えなくさせると同じく、合祀励行の官公吏は、 ことさらに町に灰を撒いて、人民を争闘させるのに同じだ。

    従来誰も彼もがそこに行って遊び散策し、清浄の空気を吸い、春花秋月を愛賞することができた神社の趾が、ある日富家の独占に帰するのを見て、誰がこれを喜ぶだろうか。貧人が富人を嫉むのは、多くはこのようなことから出るのである。危険思想を慮る政府が、このような不公平を奨励すべきではない。

     また佐々木忠次郎博士は昨年10月の『読売新聞』に投書し、欧米には村落ごとに高塔があって、その地の目標となる、わが邦の大字ごとにある神林は欧米の高塔と等しくその村落の目標となる、と言った。

    漁夫など無学な者は海図などを見ても分からず、ふだん山頂の木また神社の森だけを目標として航海する。洪水または船が難破した際に神林を目的に泳いで助かり、洪水や津波の後に神林を標準として他処の境界を定める例は多い。

    摂州三島郡、また泉州一円は合祀濫伐のため神林全滅し、砲兵の演習に照準を失い、兵士は休息と露営に事を欠き、止むを得ず田畑また砂浜でするため、日射病の患者が急に多くなった、と聞く。はなはだしい場合は、合祀伐木のため飲料水が濁り、また涸れ尽きた村落がある。

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    「神社合祀に関する意見」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収

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