蛇に関する民俗と伝説(その9)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

  • 名義
  • 産地
  • 身の大きさ
  • 蛇の特質
  • 蛇と方術
  • 蛇の魅力
  • 蛇と財宝
  • 異様なる蛇ども
  • 蛇の足
  • 蛇の変化
  • 蛇の効用
  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇の特質3)

     プリニウス言う、ハジ(アフリカの帽蛇)の眼は頭の前になくて※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみにあれば前を見る事ならず、視覚より足音を聴いて動作する事多しと。テンネントの『錫蘭博物志ゼ・ナチュラル・ヒストリー・オブ・セイロン』にいわく、セイロンで蛇に咬まるるはほとんど皆夜なり。昼は人が蛇を見て注意すれど闇中不意に踏まば蛇驚いて正当防禦で咬むのだ。故に土人闇夜外出するに必ず錫杖しゃくじょうを突き蛇その音を聴いて逃げ去ると。

    しかるに蝮は逃ぐる事遅いから英国労働者などこれを聾と見、その脊の斑紋実は文字で歌を書いて居るという。その歌を南方先生が字余り都々逸どどいつに訳すると「わが眼ほど耳がきくなら逃げ支度して人にられはせぬものを」だ。鶯も蛙も同じ歌仲間というが敷島の大倭おおやまとでの事、西洋では蝮が唄を作るのじゃ。

    蛇は多く卵で子を生むが蝮や海蛇や多くの水蛇や響尾蛇ラトル・スネークは胎生だ。『和漢三才図会』に蝮の子生まるる時尾まず出で竹木を巻き母と子と引き合うごとく、出生後直ぐに這い行く、およそ六、七子ありという。ホワイトの『セルボルン博物志』には、蝮の子は生まるると直ぐ歯もないくせに人を咬まんとす、雛鶏けづめなきに蹴り、こひつじこうしは角なきに頭もて物を推し退くと記した。いわゆる蛇は寸にしてその気ありだ。

    蟾蜍ひきがえるなど蛙類に進退きわまる時頭を以て敵を押し退けんとする性あり。コープ博士だったかかくてこの輩の頭に追々角がえる筈といったと覚える。支那の書に角ある蟾蜍の話あるは虚構とするも、予輩しばしばた南米産の大蛙ケラトリフス・コルナタは両眼の上に角二つある。それこうとく角なきにく真似し歯もなき蝮子が咬まんとするは角あり牙ある親の性を伝えたに相違ないが、くだんのコープの説に拠ると、いずれも最初に衝こう咬もうという一念から牛羊の始祖は角、蝮の始祖は牙を生じたのだ。

    ブラウンの『俗説弁惑プセウドドキシア』三巻十六章にヘロドテ等昔の学者は、蝮子母の腹を破って生まる。これ交会の後雌蝮その雄を噛み殺す故、その子父の復仇に母の腹を破るのだと信じた。かく蝮は父殺しをにくむもの故ローマ人は父殺した人を蝮とともにふくろに容れて水に投げ込み誅したとづ。ただし天主教のテクラ尊者は蛇坑に投げられ、英国中古の物語に回主がサー・ベヴィス・オブ・ハムプタウンを竜の牢に入れたなどいう事あれば、ローマ人のほかに蛇で人を刑した例は西洋に少なからぬじゃ。

    東洋では『通鑑つがん』に後漢の高祖が毒蛇を集めた水中に罪人を投じ水獄と名づけた。また仏経地獄の呵責を述ぶる内に罪人蛇に咬まるる例多きは、インドにも実際蛇刑があったに基づくであろう。わが邦にそんな実例のあった由を聞かねど、加賀騒動の講談に大槻蔵人一味の老女竹尾が彼輩姦謀あらわれた時蛇責めに逢うたとあるは多分虚譚であろう。大水の時蛇多く屋根に集まり、わずかに取りすがりいる婦女や児輩が驚き怖れて手を放ち溺死する事しばしばあったと聞く。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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