紀州の民間療法記記(原文9)

紀州の民間療法記記(原文)

  1. 婦女の陰
  2. ニラ
  3. ツゲ
  4. ハコネシダ
  5. シーボルトミミズ
  6. キジの爪
  7. ウサギの手、モグラの手
  8. 初なすび、スベリヒユ
  9. コンニャク
  10. モグラの手 追記
  11. 菖蒲
  12. キンカン
  13. 琴の一の緒、白いアヒル、黒いチャボ
  14. サルカキイバラのキクイムシ、蜂蜜
  15. コバンザメの吸盤
  16. 蒔かずの稲の米
  17. ニワトリの頭
  18. イチジクの枝葉
  19. テリハノイバラの花
  20. 尾長糞蛆の黒焼き
  21. 病をきる
  22. 梅酢

9 コンニャク

 

 蒟蒻。魚骨や土砂石粒を構わず食う人あり。度重なれば会陰(ありのとわたり)に積み聚まりて大患をなす。田辺の近村の旧社掌、この患に罹り外科医に切り出さしめたことあり。その人現に存命す。俗伝に、蒟蒻を間ま食うとかかる患なしという。元禄六年著『鹿の巻筆』三に「きかぬ奴の衆道」と題し、ある奴、元結い売りの少年を犯すとて誤って砂を犯し少年に向かい、さてさてその方はずいぶん嗜みが悪い、必ず必ず今よりして蒟蒻を薬食いにしやれと言った、とあるをみて、そのころも蒟蒻は腹に入った土砂を消すと信ぜられた、と判った。

和漢三才図会』一〇五にも「俗に伝う、蒟弱はよく腹中の土砂を下し、男子最も益あり、と。これ、その拠るところを知らず」と出づ。明治四十五年七月の『人類学雑誌』前田生の前に、尾張名古屋で十二月八日蒟蒻のピリピリ煮必ず食うべし、平生月に一度も蒟蒻を食うを砂おろしという、と故人の記を引いた。

何故こんな俗信が生じたかと尋ぬるに、楠本松蔵という田辺人いわく、一体蒟蒻ほど土砂と粘着しやすい物なく、ちょっとでも地へ落とすと、即時に砂や土が付いて中へ侵入し、いかに洗え ばとて離れず、食用にならぬ、と。それで人体に蒟蒻が入れば腹中の土砂を吸い取って外へ出すと考えられた、と考う。

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「紀州の民間療法記記」は『南方熊楠全集 第2巻』(平凡社)に所収。

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