火事を消そうとする雉
Green Pheasant in Spring / coniferconifer
玄奘三蔵の『大唐西域記』に、
昔、雉の王がいて、大林で火事が生じたのを見て、清流の水を羽にひたし幾回となく飛んで行ってこれを消そうとする。
帝釈天がこれを見て笑って言った、「汝はどうして愚を守り無駄に羽を労するのか。大火がまさに起こり、林野を焼いている。どうして汝の小さな体で火を消すことができようか」と。
雉は言った、「汝は天中の天なので大きな福力がある。しかしながらこの災難を救う気持ちがない。まことに力甲斐のないことである。多くを言うな。私はただ火から救うために死ぬまで続けるだけだ」と。
小生はすでにこの3年空しく抗議して事はますます多くなり、妻子は常に悲しみ、自分は力と財とがますます減って行き、また集めた植物を発表することもできず、訴える所もなく困りきっています。東京では旧君侯(頼倫侯の御事)を始め、すでにこのことを防止すべく有力な会まで立っていると聞く。
以前、平瀬作五郎氏に託して大学へ頼み申し上げたことも、成し遂げられなかったと見えた。この頃、岡村博士の来県にあい、初めて貴下の国粋保存御熱心家であることを承り聞いて、欽仰にたえず、この長文を筆して成敗を任せ差し上げますので、何分にも同志諸士と御議定の上、
当県神社合祀令を中止し、合祀趾は一切保存し、神職の給料はだんだんと積み立てさせること。
次に英国の treasure trove(トレジュア トローヴ)の法に倣って、土器、石器、そのほか土中より掘り出す考古学上の品は、一切皇室の物とし、その筋へ献上し、その筋にて御査定の上、大学または帝室博物館へ留め置かれ、それほどでもない品は本人に下げ渡して随意に売却させ、また社地より出た物は、これをその社に下げ渡して神宝とし、永世保存させること。
このことはもっとも必要なことで、ただ今も当地近くで、古塚から勾玉、インベ、管石などおびただしく出ましたが、小生は行って視ていない。視たところで、ただただ姦商を惹き出し、種々の悪策を生じさせるだけだからである。
この辺で出る古器に珍しいものが多いのに、何のわけもなく散逸するのは惜しむべきことだ。何とぞ政府にこのことに関する bureau を作り、軽便な方法をもって、このような物が出るごとに役場から一切をひとまず政府へ送らせ、大学などで鑑査の上、取り次ぐべき物は皇室の御有として、大学などへ留め置かれ(英国もそうである)、不用の分は本人へ還すようにありたいことである。
さて、諸神社蹟また古塚などを巡回して発掘させ、一切皇室の御物とされたいことである。(それぞれへ御貸し下げは適宜とする。)
友人柳田氏はもっとも本件に尽力されます人で、小生は一面識もないのに、このようなのは何かの宿縁かと存ぜられます。よってこの手紙を柳田氏の一覧を経て貴方へ御廻し申し上げます。
明治44年8月29日夜9時45分書き終り
南方熊楠拝
松村任三様 御侍史
時刻が迫りましたので再読していません。誤字渋筆万々御察読を乞う。
「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収