本居宣長(もとおり のりなが)
本居宣長(1730年〜1801年)は、江戸時代の国学者・医師。
代表的な著作に、『古事記』の注釈書である『古事記伝』があります。
南方熊楠の手紙:神社合祀に関する意見(現代語訳13)
神道は宗教に違いないが、言論理窟で人を説き伏せる教えではない。本居宣長などは、仁義忠孝などとおのれが行なわずに仰々しく説き勧めないのが神道の特色である、と言った。すなわち言語で言い顕わしすことのできない冥々としたうちに、わが国万古不変の国体を一時に頭の頂上より足の指の先まで感激して忘れられないようにして、皇室より下は一般の人民に至るまで、誰も日本国の天神地祇の子孫であるという有難さを言わず説かずに悟らさせる道である
南方熊楠の随筆:蛇に関する民俗と伝説(その2)
本居宣長いわく、「『古事記』の
南方熊楠の随筆:鼠に関する民俗と信念(その8)
大黒天は大国主命を仏化したという説は足利氏の代に既にあったので、『古事記』に大国主の兄弟八十神各
南方熊楠の随筆:猴に関する伝説(その27)
右述西アフリカのバーボー猴に似た記事が『古事記』にあって「かれ、その
田毘古
南方熊楠の随筆:猴に関する伝説(その28)
本居宣長は
田毘古
に似たる故とせんは本末
はこの神の形に似たる故の名なるべしと説いた(『古事記伝』巻十五)。これは「いやしけど云々、竜の類いも神の片端と詠みながら、依然神徳高き大神をいかんぞ禽獣とすべけんや」と言った『俗説贅弁』同然の見を脱せず、
田毘古が
に似たのでなく
が
田毘古に似たのだとは、『唐書』に、張昌宗姿貌を以て武后に幸せられた時、
南方熊楠の随筆:田原藤太竜宮入りの話(その22)
わが国に古くミヅチなる水の
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