山男について、神社合祀反対運動の開始、その他(現代語訳11)

南方熊楠の手紙(現代語訳)

  • 1 山男について
  • 2 山男の冬期の食べ物、燕は日本を去って
  • 2 狒々について
  • 4 唇熊について
  • 5 狒々は熊か
  • 6 広畠氏から聞いた俗譚
  • 7 駝鳥、唇熊
  • 8 ハリセンボン
  • 9 幼少時代、海外遊学時代
  • 10 熊野で
  • 11 神社合祀の弊害
  • 12 大山神社
  • 13 最初に意見書を大臣へ

  • 神社合祀の弊害

     とにかく右の様なことばかりに専心潜思し従事いたしており、和歌山市郷里の人も小生がどのようであるのか知らぬがちになって、小生もそれをよいことと心得ていたが、今度の神社合祀のことはいかにも乱暴で、小生が10年間私財をなげうって未来の公益のために尽力した甲斐もなく随所の林木を滅却し、古物古墟を全壊されたことは我慢できません。

    よって議論を始めたので、これのため小生は、この際不利益の立場にいる。先の手紙で申し上げたように、今春3月末に中村代議士(啓次郎)が内務大臣と会見した結果、本県で制定した1村1社の制は、大臣の意でも政府の意でもないこととわかり、また最近になって、古趾、旧林保存などのことを首唱する人が多く出ましたが、当県は今だ合祀と濫滅が絶えない。

    これはただ県知事や官吏のみを咎めるべきではない。騎虎の勢い、いったん言い出して、欲深い村吏、姦民などが乗ずるところとなったので、なんとか合祀を完全に止めてくれるのでなければ、これまで紀州にあった動植物種のなかで全滅するものがはなはだ多くなるだろうと憂慮いたします。

    そうして、神社の森にだけ限った濫滅ではなく、すでに行政裁判所で那智の神社と色川村へ下付なった那智山林のようなのも(前月25日、勝浦港から来た拙弟の酒店の番頭の言葉によると)、大林区署からはいつ伐ってもよいとの許可を受けていて、那智の滝の水源である寺山の林木をもことごとく伐り払うはずで、これを手に入れた色川村では20万円ばかりの利分のうち12万は弁護士の報酬に支払うつもりとのことである。

    また中辺路の唯一の林木(拾い子谷(ひらいごだに)といって、小生が発見した南方丁字蘚、友人の宇井氏が発見した紀州シダなど珍物が多く、熊野の官道を歩いて熊野の林景を見ることができるのはここの他ないのだ。その他はすでに濫伐のために全くの禿げ山で、熊野諸王子の社は濫併のため1,2を除き全滅である)は、80余町(1町は約1ha)と申すが、実は60町に過ぎまい。それも近々伐り去られるとのことだ。

     さて、その伐って得た金はみな2,3の商人(多くは他国の見も知らぬ人)の懐に入り、一時、人足が多く入り込み繁昌するが、実は狐に魅せられたようなことで、悪風婬風が移入された上に、木が伐られ終わったときは何の益もない禿げ山にススキなどが生え、何とも手のつけようがないこととなるのだ。

    現にこの田辺の近所でも5,6年の間に神社を合祀し終わり、山頂の木を濫伐し土塊が落下し、川下の方が川上より地が高くなり、同じひとつの山で一方の側ではわずかの木を植えて防壊工事を施すと同時に、他の側ではしきりに濫伐を行ないつつある所がある。

    また社地の木などは材木用のために植えたものではないので、これを伐ったとして何の功もなく、わずかに一部分を室内装飾に用いることができればいいくらいであるが、これはそんなことはなく、多くは何のわけもなく焚き物にして終わるのだ。

    それなのに、今も地所を売り、コミッションを得ようとする輩のために欺かれ、合祀を強行する所が紀州のなかに多い 。東京辺と違って、3里5里行かなければ神社へ参られないようになっては、誰も神社へ参らなくなり、したがって天理教とか狐を拝するとか、雑多の卑猥な迷信、婬風、悪俗を生じ、何ともしようのないこととなっている。

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    「山男について、神社合祀反対運動の開始」『南方熊楠コレクション〈第2巻〉南方民俗学』 (河出文庫)所収。

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