虎に関する史話と伝説民俗(その25)

虎に関する史話と伝説民俗インデックス

  • (一)名義の事
  • (二)虎の記載概略
  • (三)虎と人や他の獣との関係
  • (四)史話
  • (五)仏教譚
  • (六)虎に関する信念
  • (七)虎に関する民俗
  • (付)狼が人の子を育つること
  • (付)虎が人に方術を教えた事

  • (仏教譚11)



    また同書に同じ話の異態なものを挙げて牝獅が牝牛を殺し栖へひきずり往くと牛の乳呑児が母の乳を慕い追い来る、牝獅これをも殺そうとおもうたが我子の善い遊侶と思い直し乳養してふたつながら育て上げ、死際しにぎわに汝らは兄弟なり必ず讒誣ざんぶに迷わされて不和を生ずるなと遺誡したが、前話同様野干の讒言を信用してどちらも反省せず相闘うてふたつながら死んだとある、わが邦で従来野干を狐の事と心得た人が多いが、予が『東京人類学会雑誌』二九一号三二五頁に述べたごとく全く狐と別で英語でいわゆるジャッカルをす、梵名スリガーラまたジャムブカ、アラブ名シャガール、ヘブライ名シュアルこれらより転訛して射干また野干と音訳されただろう、『松屋筆記』六三に「『曾我物語』など狐を野干とする事多し、されど狐より小さきものの由『法華経疏』に見ゆ、字も野※褒べいきゅうせいかんのたもと[#「豸+干」、57-4]と書くべきを省きて野干と書けるなり云々、『大和本草』国俗狐を射干とす、『本草』狐の別名この称なし、しかれば二物異なるなり」といい、『和漢三才図会』にも〈『和名抄』に狐は木豆弥キツネ射干なり、関中呼んで野干とす語は訛なり、けだし野干は別獣なり〉と記す、※[#「豸+干」、57-7]の音岸また※(「りっしんべん+干」、第4水準2-12-31)、『礼記』玉藻篇に君子※(「鹿/弭」、第4水準2-94-54)裘青※[#「豸+干」、57-8]、註に胡地の野犬、疏に〈一解に狐犬に作る〉、狐に似た犬の意だろ、『爾雅』註に拠れば※[#「豸+干」、57-9]は虎属らしい、『本草綱目』に※[#「豸+干」、57-9]は胡地の野犬状狐に似て黒く身長七尺頭に一角あり老ゆれば鱗あり能く虎豹蛟竜銅鉄を食う猟人またこれを畏るとある、インドにドールとて群を成して虎をくるしむる野犬あり縞狼ヒエナの歯は甚だ硬いと聞く、それらをジャッカル稀に角ある事実と混じてかかる談が生じただろう。西北インドの俗信にジャッカル額に角あるはその力で隠形の術を行うこれをり取りてその上の毛を剃って置くとまた生えると(一八八三年『パンジャブ・ノーツ・エンド・キーリス』三頁)。テンネントの『錫蘭博物誌略ゼ・ナチュラル・ヒストリー・オヴ・セイロン』三六頁以下に著者この角を獲て図を掲げいわく、土人言うジャッカルの王のみ後頭に一角あり長さ僅かに半インチ毛茸に被わる、これを持つ者百事望みのままに叶いこれを失いまたぬすまるるも角自ずと還る、宝玉と一所におさむればどんな盗賊も掠め得ず、またこの角を持つ者公事くじに負けずとあって、毎度裁判に負け続けた原告がこの角を得て敵手に示すと、とても勝ち得ぬと臆して証言を改めたんで原告の勝となったと載す、とにかく周の頃すでに※[#「豸+干」、58-3]てふ野犬が支那にあったところへジャッカル稀に一角ある事などをインド等より伝え、名も似て居るのでジャッカルを射※[#「豸+干」、58-4]また野干と訳したらしい、『博物新篇』などには豪狗と訳しある、この野干は狼と狐の間にあるようなもので、性質すこぶるずるく常に群を成し小獣を榛中に取り囲み逃路に番兵を配りその王叫び指揮して一同榛に入り駆け出し伏兵に捕えしむ、また獲物ある時これを藪中に匿しさもなきていで藪外を巡りおのれより強きもの来らざるを確かめて後初めて食う、もし人来るを見れば椰子殻やしがらなどをくわえて疾走し去る、人これを見て野干既に獲物をち去ったとおもい退いた後、ゆっくり隠し置いた物を取り出し食うなど狡智百出す、故に仏教またアラビア譚等多くそのいつわり多きを述べ、『聖書』に狐の奸猾を言えるも実は野干だろうと言う、

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    「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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