虎に関する史話と伝説民俗(その24)

虎に関する史話と伝説民俗インデックス

  • (一)名義の事
  • (二)虎の記載概略
  • (三)虎と人や他の獣との関係
  • (四)史話
  • (五)仏教譚
  • (六)虎に関する信念
  • (七)虎に関する民俗
  • (付)狼が人の子を育つること
  • (付)虎が人に方術を教えた事

  • (仏教譚10)



    シェフネルの『西蔵説話チベタンテイルス』(一九〇六年版)には昔林中に牝獅と牝虎各子一疋伴れたるが棲んだ、ある日獅の不在にその子まようて虎に近づいたので虎一度はこれを殺そうとおもうたが、自分の子の好侶と思い翻してこれを乳育そだつる、牝獅帰って子が失せたるに驚き、探り行きて牝虎が乳呑ませ居るところへ来ると、大いに愕き逃げ出すを牝獅が呼び止め何と爾今じこん一処に棲んで※(「にんべん+爾」、第3水準1-14-45)なんじが不在には我が※(「にんべん+爾」、第3水準1-14-45)の児を守り我不在にはわが児を※(「にんべん+爾」、第3水準1-14-45)に託する事としようでないかというと、虎も応諾して同棲し、獅児を善牙、虎の児を善搏とづけ生長する内、母獣ふたつながら病んで臨終に両児を戒め、汝らは同じ乳を吸うて大きくなったから同胞に等し、世間は讒人で満ち居るから何分讒言にてられぬよう注意せよと言って死んだ、善牙獅いつ※(「鹿/章」、第3水準1-94-75)ガゼルを殺すと肉を啖い血をすすって直ちに巣へ帰ったが、善搏虎は※(「鹿/章」、第3水準1-94-75)を殺すに疲るる事夥しく血肉を啖いおわって巣へ帰るに長時間を費やした、因って残肉をかくし置き一日それを※(「口+敢」、第3水準1-15-19)くらって早く帰ると獅が今日汝何故早く帰るぞと問う、虎答うらくわれ貯え置いた肉を啖って事が済んだからだ、獅重ねて問う汝は残肉を貯うるか我は殺した物をその場で食い後へ貯うる事なしと、虎それは汝が強き故で我は弱いから残肉を貯えざるを得ぬと答えた、獅それは不便だ以後我と伴れて出懸くべしとて一緒に打ち立つ事とした、従来善牙獅のあとを追い残肉を食い行く性悪の一老野干あり、今虎が獅と連れ行く事となって自分の得分が乏しくなったのをうらみ離間策を案出し、耳を垂れて獅に近づきかの虎は毎度獅の残肉を食わさるるが嫌だから必ず獅を殺そうと言いおると告げると、獅野干にその両母の遺誡を語り已後いごかかる事を言うなと叱った、野干獅我が忠告を容れぬから碌な事が起るまいと呟く、どんな事が起るかと問うと虎が巣から出てのびあくびし四方を見廻し三たび吼えて汝の前に来り殺さんと欲する事疑いなしと言うた、次に野干虎を訪れ前同様獅を讒すると虎もまた両母の遺誡を引いて受け付けぬ、野干我が忠告を容れねば必ず兇事に遭わん獅より出て伸し欠し四方を見廻し三たび吼えて後汝の前に来り殺意を起すべしという、虎も獅も栖より起き出る時かようにするが癖だから今まで何とも気に懸けなんだが、野干の告げに心付いて注意しおると獅巣から出るとて右のごとく振舞う虎も起き出てかく動作した、各さては彼我を殺すつもりと気色立ったが獅心中に虎は我より弱きに我を殺さんと思い立つとは不思議だ、仔細ぞあらんと思い直し、虎が性質敏捷勢力最勝の我に敵せんとは不埒ふらちだと言うと、虎も獅子が性質敏捷勢力最勝の我に敵せんとは不埒だと言った、獅虎にかかる言を誰に聞いたかとなじると野干が告げたと答う、虎これを獅に詰るとやはり野干が告げたと答う、獅さてはこの者が不和の本元だと合点してやにわに野干を打ち殺したとある。

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    「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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