(虎が人に方術を教えた事)
(付) 虎が人に方術を教えた事
『日本紀』二四に、皇極天皇四年四月、
〈高麗の学僧ら言さく、
「同学鞍作得志、虎を以て友として、その術を学び取れり。あるいは枯山をして変えて青山にす。あるいは黄なる地をして変えて白き水にす。種々の奇しき術、殫して究むべからず(『扶桑略記』四には多以究習とす)。また、虎、その針を授けて曰く、慎矣慎矣、人をして知らしむることなかれ。ここを以て治めば、病愈えずということなし、という。果して言うところのごとくに、治めて差えずということなし。得志、恒にその針を以て柱の中に隠し置けり。後に、虎、その柱を折りて、針を取りて走去げぬ。高麗国、得志が帰らんと欲う意を知りて、毒を与えて殺す」
と〉。
似た譚が支那にもある。いわく、〈会稽余姚の人銭祐、夜屋後に出で、虎の取るところと為る、十八日すなわち自ら還り、説くに虎初め取る時、一官府に至り、一人几に憑るを見る、形貌壮偉、侍従四十人、いいて曰く、われ汝をして数術の法を知らしめんと欲すと、留まること十五日、昼夜諸の要術を語る、祐法を受け畢り、人をして送り出ださしめ、家に還るを得、大いに卜占を知り、幽にして験せざるなく年を経てすなわち死し、異苑を出づ〉と。支那説に〈虎衝破を知る、能く地を画し奇偶を観る、以て食を卜し、今人これに効う、これを虎卜という〉。またいわく、 〈虎行くに、爪を以て地をり食を卜す〉。
安南人の説に、人が虎に啖わるるは、前世から定まった因業で遁れ得ない。その人前生に虎肉を食ったか、前身犬や豚だった者を、閻魔王がその悪む家へ生まれさせたのだ。故に虎が人を襲うに、今度は誰を食うと、ちゃんと目算が立ちおり、その者家にありや否やを考えて、疑わしくば木枝を空中に擲げ、その向う処をみて占うといい、カンボジア人は、虎栖処より出る時、何気なく尾が廻る、その尖をみて向うべき処を定むと信ず。
マレー人説には、虎食を卜うに、まず地に伏し、両手で若干の葉をとり熟視すれば、一葉の輪廓が、自分食わんと志す数人中の一人の形にみえるが首はない、すなわちその人と決定し食うと。
またマレー人やスマトラ人が信ずるは、人里遠い山林中に虎の町あり、人骨をタルキ、人皮を壁とし、人髪で屋根をふいた家に虎どもが棲み、生活万端人間に異ならずと。銭祐が往った虎の官府に似た事だ。
けだし、支那やマレー諸地に虎人の迷信盛んに、虎装した兇人が、秘密に部落を構えすみ、巧みに変化して種々の悪行をなし、時には村里へ出て内職に売卜したと見える。元来虎の体色と斑条が、熟日下の地面と樹蔭によく似るから、事に臨んで身を匿すに妙で、虎巧みにその身を覆蔵すと仏経に記され、〈虎骨甚だ異なり、咫尺浅草といえども、能く身伏し露れず、その然たる声を作すに及んで、すなわち巍然として大なり〉と支那説がある。
また猫や犬が時に葉や土を掻き戯れ、あるいは何か考うる体で尾を異様に動かすごとく、注意して観察せば、虎も時々異様な振舞いをなす事あるべく、毎々これをみた人々が、虎方術を能くし、まず卜うて後に食を取ると信じたなるべし。されば南インドに、方術に精通した猛虎が、美少年に化けて梵士の娘を娶った話あり。
東晋李嵩涼州の牧だった時、虎が人に化けて勧めたまま、酒泉に移り住んで西涼王となり、本邦の釈道照は新羅に入って役行者化身と語ったなど、虎が人となって予言し、術者が虎に化けて人と談じた物語少なからず。
由って虎を霊視するの極、本来動物崇拝を峻拒する回教徒中にあっても、かつて上帝が虎と現じて回祖と談じたと信ずる輩すらある(『太平広記』二九二。『本草綱目』五一。『広博物志』四六。一八八一年サイゴン発行『仏領交趾支那遊覧探究雑誌』八号、三五五頁。一八八三年刊行、一六号一五一頁。一九〇〇年版、スキートの『巫来方術篇』一五七および一五九頁。本誌二巻五号、拙文「千疋狼」三〇九頁以下。一八六五年版、ウッドの『動物図譜』一巻、虎の条。『坐禅三昧法門経』上。『淵鑑類函』四二九。一八九〇年版、キングスコウトおよびナテーサ、サストリの『太陽譚』一一九頁以下。『元亨釈書』一五。一九〇七年版、ディムスの『バロチェ人俗詩篇』一五八頁)。
(昭和五年一〇月、『民俗学』三ノ一〇)
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「彪」の「彡」に代えて「甘」
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12-15 |
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12-15 |
「厂+虎」
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12-16 |
「牛+孛」
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40-2 |
「虎+鳥」
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41-7 |
「虎+兔」
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41-7 |
「豸+干」
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57-4、57-7、57-8、57-9、57-9、58-3、58-4 |
「ころもへん+逢」
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68-5 |
「事+りっとう」
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85-13 |
「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収