兎に関する民俗と伝説(その13)

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     シャムの話には金翅鳥こんじちょう竜を堪能たんのうするほど多く食おうとすれどそんなに多く竜はない、因って金翅鳥ある湖に到り、その中に亀多く居るを見てこれを食いくそうとした爾時そのとき亀高声にさけんでわれらをただ食うとは卑劣じゃ、まず汝と競駈かけくらべして亀が劣ったら汝に食わりょうというと、金翅鳥しからば試そうと言って高く天に飛び上がった、亀はたちまちその眷属一切を嘱集して百疋と千疋と万疋と十万疋と百万疋と千万疋とそれぞれ一列に並んで全地を覆うた、金翅鳥その翼力をつくし飛び進むとその下にある亀がわれの方が早くここにあると呼ばわる、いかに力を鼓して飛んでも亀が先に走り行くように見えて、とうとうヒマラヤ山まで飛んで疲れ果て、亀よわれ汝が足捷の術に精進せるをさとると言ってラサル樹に留まって休んだとある。

     ドイツにこれに似た話があって矮身の縫工が布一片をふるうて蠅七疋を打ち殺し自分ほどの勇士世間にあらじと自賛し天晴あっぱれ世に出で立身せんと帯に「七人を一打にす」と銘して出立した、道で巨人に逢うて大力に誇ると巨人何だそんな矮身がと嘲り石一つ採って手で搾ると水が出るまで縮める、縫工臆せず懐中より乳腐にゅうふを取り出し石と称し搾って見せると汗が出た、巨人また石を拾うて天に向ってほうると雲を凌いでまた還らぬ、縫工兼ねて餌食にとかごに入れ置いた生鳥を出し石と称して抛り上げると飛び上がって降りて来ぬ、巨人さても矮身に似ぬ大力かなと驚き入り今一度力を試そうと大木を引き抜き二人で運んで見んと言うと、縫工すべて木のもとの方より末の方が枝が多く張って重いものだ、汝は前になって軽い根本の方をかつげ、われは後にあって重い末の方を持って遣ろうと紿あざむいて、巨人に根を肩にさせ自分は枝のまたに坐っているのを巨人一向気付かず一人して大木を担げあるいたのでつかれてしまった、それから巨人の家に往って宿ると縫工夜間寝床に臥せず室隅に臥す、巨人知らず闇中あんちゅう鉄棒もて縫工を打ち殺さんとして空しく寝床を砕く、さてはや殺しやったと安心して翌朝見れば縫工つつがなく生き居るので巨人怖れて逃げ去った、国王これを聞いて召し出し毎々つねづねこの国を荒らし廻る二鬼を平らげしめるに縫工恐々こわごわ往って見ると二鬼樹下に眠り居る、縫工その樹に昇り上から石を落すと鬼ども起きて互いに相棒の奴の悪戯いたずらと早合点し相罵り同士討ちして死におわる、縫工還って臣一人で二鬼を誅したと奏し国王これを重賞した、次に一角獣現じ国を荒らすことおびただしく国王また縫工してこれを平らげしむ、縫工怖々こわごわに立ち合うと一角驀然まっしぐらに駈け来って角を樹に突っ込んで脱けず、縫工幸いに樹の後に逃れいたが、一角さえ自在ならぬと至って弱い獣故たちまち出でその角を折り一角獣を王の前へき出した、次に類似の僥倖ぎょうこうで野猪を平らげ恩賞に王女を妻に賜うたとある、前に述べた亀が諸獣を紿あざむいた話に似たのはわが邦にも『古事記』に因幡いなば素兎しろうさぎわにを欺き海を渡った話がある、この話の類譚や起原は正月十五日か二月一日の『日本及日本人』で説くつもりである。

    (大正四年一月一日および四日、『牟婁新報』)

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    底本:「十二支考(上)」岩波文庫、岩波書店
       1994(平成6)年1月17日第1刷発行
    親本:「南方熊楠全集 第一・二巻」乾元社
       1951(昭和26)年
    入力:小林繁雄
    校正:曽我部真弓
    1999年7月5日公開
    2007年9月28日修正
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    • 「馬+巨」    97-3
      「馬+墟のつくり」    97-3
      「目+示」    97-8
      「挈」の「手」に代えて「虫」    104-6

    「兎に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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