馬に関する民俗と伝説(その51)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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    この話一向支那書に見えぬが、やや似た事はある。※(「虫+夫」、第4水準2-87-36)せいふという虫は極めて子を愛し、人その子を取り帰るにいかほど隠し遠く距たっても母必ず知って来る。それから考えて、母の血を銭に塗り子の血を別の銭に塗り、いずれか一方を留め他の一方を使うと相慕い帰るというが高誘、葛洪等の説だが、『異物志』には、この虫雌雄相離れず、法を以てこれを制し雌雄の血を銭に塗って昼間物を買うと夜になって帰り来るとある。

    ユヴェナリスの詩に、カリグラ帝の狂死、ネロ帝の諸悪、いずれもヒッポマネスを用いしに起り、これらの大騒動帰するところは一牝馬の身より出たと見ゆ。支那でも初至の天癸から紅鉛を製し、童男女の尿より秋石をり、また新産児の胞衣えなを混元毬など尊称して至宝となし、内寵多き輩高価に求め服して身命をうしのうた例、『五雑俎』等に多く見ゆ。

    前日の『大阪毎日』紙に、近藤廉平氏が強壮剤は人参にんじんが第一てふ実験談を録しあった。大戦争で外薬輸入杜絶の後人参がたちまち声価を挙げ、また実際著しき効験ききめあるは予もこれを知り、三好博士の学論をも拝読したが、永世これを珍重し来った支那でさえ、これを強壮剤として濫用するの弊を論じた者多ければ、いわゆる薬なくして常に中医を得るで、なくて済む人は用いぬに限る。

     東洋にヒッポマネスの話ありやとの問いに応じ調べると、蒙古人大急用の節、十日も火食せずに乗り続く。その間ただ乗馬の静脈を開きほとばしり出づる血を口中に受け、飲み足りて血を止むるのみ、他の飲食なしに乗り続け得(ユールの『マルコ・ポロ』初版一巻二二九頁)。こんな奇効ある故か、道家に尹喜いんき穀を避けて三日一たび米粥を食い白馬血をすすり(『弁正論』二)、黄神甘露を飲み※※きょきょ[#「馬+巨」、424-15][#「馬+墟のつくり」、424-15]ほじしを食うという。

    これは牡馬が牝騾に生ませた子で、牡馬と牝※ひんきょ[#「馬+墟のつくり」、424-15]あいたる※(「馬+夬」、第4水準2-92-81)※(「馬+是」、第4水準2-92-94)けってい(上出の通り燕王が蘇秦に食わせた物)と等しく至極の美味と見える。これらのほかに霊薬を馬より取る事道書に見えぬようだ。

     一昨年(大正五年)十二月の『風俗』に、林若樹君が「不思議な薬品」てふ一文を出し、本邦現存最古の医書丹波たんば康頼の『医心方』から引きつらねた奇薬の名の内に、馬乳、白馬茎、狐と狗の陰茎あり。

    四十年ほど前予が本草学を修めた頃は、京阪から和歌山田辺(想うに全国到る処)の生薬屋に、馬、牛、猴、 うそ、狐、狸、狗、鹿、鯨、また殊に膃肭獣おっとせいのタケリ、すなわち牡具ぼぐ明礬みょうばんで煮固めて防腐し乾したのを売るを別段不思議と思わず。

    予が有名な漢方医家の本草品彙を譲り受けて保存せる中に、今も多少存し、製薬学上の参考要品に相違なければ、そのうち携えて上京し東京帝大へ献納せんと思う。当時大阪の大薬肆やくしの番頭どもに聞いたは、かかる品にはそれぞれ特異の香気ありてこれを粉にして専ら香類や鬢附油に入れた由で、媚薬と言えば奇異に聞えるが、取りも直さず芳香性の興奮剤で、牡動物が牝の心をくために身から出だす麝香じゃこう霊猫れいびょう香、海狸かいり香、※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)がく香等を、今も半開未開の民が強勢の媚薬と尊重し、欧米人も興奮剤として香飾にしばしば入れるに異ならず。

    およそ媚薬はもと医術と魔法が分立せぬ時、半ば学理半ば迷想に由りて盛んに行われたもので(今日とてもこの類の物が薬餌やくじ香飾等と混じて盛んに行わるるは、内外新紙の広告で知れる)、形状作用の相似た物は相互その力を相及ぼすてふ同感の見に基づく。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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