馬に関する民俗と伝説(その54)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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         民俗 (3)

     さて無用の用という事ありて媚薬にも種々あり。吉丁虫を支那、玉虫やおしどり思羽おもいばを日本の婦女が身にびたり、鏡奩かがみばこに入れたりするも、上に述べた諸動植物も媚薬で、甚だしきは劇性人を殺す事ヒッポマネスごときもある。いずれも美しい虫を佩びる人の容がつや多くなり、根相の物を食えば勢を強くすてふ同感説に基づいて大いに行われたが、追々経験して表面ばかり相似た物同志の間に必ずしも何の縁も同感もないと分った今日、滑稽がかって来たかかる媚薬は未開野蛮民にあらずんば行われぬ。

    しかるに芳香を主分とする媚薬は実際人を興奮せしむる力あれば、催春薬としてかぬまでも、興奮剤として適宜これを用うれば和悦享楽の効は必ずある。全体光線や音響と異なり、香と味は数で精測しがたいから、今日の科学で十分に解らず。したがって欧米人は嗅味の二覚は視聴の二覚より劣等だとか、香と味は絵や彫刻や音楽ほどあまねく衆人に示す事がならぬから美術とならぬとかいうが、それはわが邦の香道や茶道を知らぬ者の言で、一向話にならぬ。

    また動物のあるもの(例せば犬)は嗅覚甚だ精しく、人間も蛮族や不具で他の諸覚をうしのうた者が鼻で多く事を弁ずるから、鼻の鈍い者ほど上等民族だなどいう。これはある動物(例せば海狸ビーヴァー)は、平等制ゆえ君主政治の民が上等だというに等しく、それと同時にある動物(例せば蜂蟻)は君主制ゆえ平等政治の民が上等だといい得るを忘れた論じゃ。

    竜樹菩薩は寛平中藤原佐世すけよ撰『日本国現在書目録』に、『竜樹菩薩和香方』一巻と出で、香道の祖と尊ばる。それもそのはずこの大士ほど香より大騒動を生じ大感化を受けた者はない。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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