馬に関する民俗と伝説(その67)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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  •     (付) 白馬節会について

     白馬を貴ぶ例諸邦に多し。漢高祖白馬を斬りてちかいし事『史記』に見ゆ。古インドにも、白馬を牲するは王者に限りしと記憶す。『仏本行集経』巻四九いわく、仏前生鶏尸馬王たり、〈身体白浄、独り珂雪かせつのごとし、また白銀のごとし、浄満月のごとし〉、この馬王、多くの商人が羅刹女らせつにょの難に遇うを救いし話、『宇治拾遺』にも載せたり。

    『大薩遮尼乾子受記経』巻三にも、転輪聖王の馬宝は、〈色白く彼※(「てへん+勾」、第3水準1-84-72)牟頭華のごとし、身体正足、心性※(「車+(而/大)」、第3水準1-92-46)じゅうなん、一日三遍閻浮提を行ず、疲労想なし〉とあり、古インド人白馬を尊べるを知るべし。

    マルコ・ポロいわく、元世祖上都に万余の純白馬をい、その牝の乳汁を自身と皇族のみ飲む、ほかにホリアッド族、かつてその祖父成吉思汗ジンギスかんたすけて殊勲ありつれば白馬乳を用うる特典を得たりと、ユール註に、当時元日に白馬を貢献したるなり、この風康煕こうき帝の世まで行われつ、チムコウスキは、諸蒙古酋長が白馬白駝をしん廷に貢する常例十九世紀まで存せりと言えりと(Yule,‘The Book of Ser Marco Polo,’1871, Bk. i, ch. lxi)。

    同書二巻十五章、元日の条にいわく、この日皇帝以下貴賤男女皆白色をる、白を多祥として年中幸福をけんとこいねがうに因る。またあいおくるに白色の諸品を以てす。この日諸国より十万以上の美なる白馬を盛飾して奉ると。

    ラムシオの『紀行彙函』に収めたるマルコの紀行には「多大の馬を奉る、その馬あるいは全身白く、あるいは体の諸部多く白きものに限る。九の数を尚ぶ故、一県より九九八十一疋の白馬を奉る」とあり。日と馬の数こそ和漢の白馬節会と異なれ、その事甚だこれに近し。

     さて『公事根源くじこんげん』に、白馬の節会を、あるいは青馬の節会とも申すなり、その故は、馬は陽の獣なり、青は春の色なり、これに依って、正月七日に青馬を見れば、年中の邪気を除くという本文あり、(中略)天武天皇十年正月七日に、御門みかど小安殿におわしまして宴会の儀あり、これや七日の節会の始めなるべからんといえり、『日本紀』二十九の本文には白馬の事見えず。

    白馬を「あおうま」とのみみしは、『平兼盛家集』に「ふる雪に色もかはらでくものを、たれ青馬となづそめけん」、高橋宗直の『筵響録』巻下に室町家前後諸士涅歯でっしの事を述べて、白歯者と書いて「アオハ者」と訓ず、白馬を「アオ馬」というがごとしといえるにて知るべし。

     すべて色は温度電力等と違い、数度もて精しく測定し得ず、したがって常人はもとより、学者といえども、見る処甚だ同じからず、予この十二年間、数千の菌類を紀伊で採り、彩画記載せるを閲するに、同一の色を種々異様に録せる例甚だ多し。

    これ予のみならず、友人グリェルマ・リスター女の『粘菌図譜』、昨年新版を贈り来れるを見るに、Diderma Subdictyospermum の胞嚢は雪白と明記され、D. niveum も、種名通り雪白なるべきに、図版にはふたつながら淡青に彩しあり。されば古え色を別つ事すこぶる疎略にて、淡き諸色をすべて白色といいし由 L. Geiger,‘Zur Entwicklungsgeschichte der Menschheit,’S. 45-60. 等に論じたり。

    高山の雪上の物影は、快晴の日紫に見ゆる故、支那で濃紫色を雪青と名づくと説きし人あり(A. Sangin, Nature, Feb. 22, 1906, p. 390)、紫を青と混じての名なり、光線の具合で白が青く見ゆるは、西京辺の白粉多く塗れる女等にしばしば例あり、かかる訳にて、白馬を青馬と呼ぶに至りしなるべし。

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    底本:「十二支考(上)」岩波文庫、岩波書店
       1994(平成6)年1月17日第1刷
       1997(平成9)年10月6日第10刷
    底本の親本:「南方熊楠全集 第一・二巻」乾元社
       1951(昭和26)年
    ※底本は、物を数える際に用いる「ヶ」(区点番号5-86)を大振りにつくっています。
    入力:小林繁雄
    校正:かとうかおり
    2006年1月31日作成
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    • 「火+(嚼−口)」    326-10
      「革+巴」    344-9、344-11、394-6
      「栩のつくり+句」    354-8
      「足へん+奇」    354-8
      「馬/廾」    354-8
      「馬+(「堊」の「王」に代えて「田」)」    358-5
      「(「黄」の正字、※(第3水準1-94-81))+主」    368-3
      「りっしんべん+龍」    383-2
      「りっしんべん+(「戸」の正字/犬)」    383-2
      「風にょう+良」    391-3
      「木+倍のつくり」    416-11、416-12、416-13、416-14、416-14
      「馬+巨」    424-15
      「馬+墟のつくり」    424-15、424-15
      「寨」の「木」に代えて「禾」    441-1
      「日/免」    455-9

    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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