馬に関する民俗と伝説(その11)

馬に関する民俗と伝説インデックス

  • 伝説一
  • 伝説二
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  • 性質
  • 心理
  • 民俗(1)
  • 民俗(2)
  • 民俗(3)
  • (付)白馬節会について

  • (伝説二1)



         伝説二

     さきに『淮南子』の塞翁の馬の譚は支那特有のものらしいと述べ置いた。その後種々調べても支那外の国にかかる譚あるを見当てぬが、支那自身においては『淮南子』より三百年ほど前似たものが行われいた。

    それは『列子』の説符第八に、三代続いて仁義を行った宋人方の黒牛が白いこうしを生んだので、孔子に問うと吉祥と答えその犢もて神を祭らしめたが、ほどなくその人盲となった。その後その牛また白い犢を生み、孔子に問うと、相変らず吉祥と答えまた祭らしめると、一年してその人の子も盲となり、これでは孔子の予言も当てにならぬと思いいる内、楚軍宋を囲み宋人従軍して多く死す。

    しかるに彼の父子のみそろうて盲の故を以て徴兵を免れ、さて戦い済んで二人ながらたちまち眼が開いたから、前に不吉とおもうた事も孔子が言った通り吉祥と知れたとあって、林希逸は〈この章塞翁馬を得て馬を失うと意同じ〉と評した。人間万事塞翁の馬という代りに、宋人の牛といっても可なりだ。漢の王充の『論衡』六にもこの話出づ。これから屁の話の続きだ。


     ローラン・ダーヴィユーまた述べたは、かつてアラビヤのある港で、一水夫が灰一俵※(「てへん+建」、第3水準1-84-84)かたぐるとて一つ取りはずすと、聴衆一同無上の不浄に汚されたごとく争うて海に入るをた。またアラビヤ人集まった処で一人ローランに仏人能く屁をこらえるの徳ありやと問うた。無理に怺えてはすこぶる身を害すれど、って人に聞かしむるを極めて無礼とす、しかしそれがため終身醜名を負うような事なしと答うると、ひとしく一同逃げ去った。問いを発した本人は暫く茫然自失の様子、さて一語を出さず突然起って奔りおわり爾後見た事なしと。

    ロ氏のこの談で察すると、当時仏人は音さえ立てずば放って悔いなんだらしい。いかさま屁の事は臭きより後にする道理で、予はこの方とんと不得手故詳しく調べ置かなんだが、ロ氏に後るるおよそ百年ジュフールの説に、古ローマ人は盛礼と祭典の集会においてのみ屁を制禁したが、その他の場所また殊に食時これを放るを少しも咎めず、ただしアプレウスの書に無花果いちじくの一種能く屁放らしむるを婦女避けて食わずとあれば、婦女はなるべくひかえ慎んだらしいとあって、古ローマ人は放屁に関して吾輩と全く別の考えをいだいたのだと断じ居る。

    されば他事はともあれ、屁の慎みは今の欧人が昔よりも改進したのだ。予が学び知るところまた自ら経験せるところを以てすれば、屁とか※(「口+穢のつくり」、第3水準1-15-21)しゃくりとかいうものはこれをほしいままにすれば所を嫌わず続出し、これを忍べば習い性となって決してにわかに出て来るものでない。故アーネスト・ハートなどは、人と語る中ややもすれば句切り同然に放っていたが、それは廉将軍の三遺失に等しく、ひどれたのだ。

    今日満足な欧人で音さえ立てずば放捨御免など主唱する者なく、上流また真面目な人はその話さえせぬ。却説さて一昨年岡崎邦輔君の紹介である人が予に尋ねられたは、何とかいう鉄道は鬼門に向いて敷設され居るとて一向乗客少ない。鬼門など全く開けた世に言うべき事でない理由を弁じて衆妄を排し、かの鉄道の繁栄する方法がありそうなものというような事だった。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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