(民俗(3)2)
『法苑珠林』五三に竜樹の成立を述べて、
〈南天竺国、梵志の種の大豪貴の家に出づ、云々。弱冠にして名を馳せ、擅まに諸国を歩み、天文地理、星緯図讖、および余の道術、綜練せざるは無し。
友三人あり、天姿奇秀なり。相与に議して曰く、天下の理義は、神明を開悟し、幽旨を洞発し、智慧を増長す。かくのごときの事は、われら悉く達せり、更に何の方を以て、自ら娯楽せんかと。
またこの言をなす。世間ただ好みて情を縦ち欲を極むるを追い求むるあり、最もこれ一生上妙の快楽なり。宜しく共に隠身の薬を求むべし。事もしかく果たさば、この願い必ず就らん。咸言う、善哉、この言甚だ快しと。すなわち術処に至り、隠身の法を求む。
術師念いて曰く、この四梵志は、才智高遠にして大慢を生じ、群生を草芥とするも、今は術の故を以て、屈辱して我に就く。然れどもこの人輩、研究博達し、知らざる所は唯だこの賤術のみ。もしその方を授くればすなわち永く棄てられん。且くかの薬を与え、これを知らざらしめん。薬尽きなば必ず来たって、師資久しかるべしと。
すなわち便ちに各に青薬一丸を授け、而してこれに告げて曰く、汝この薬を持ち、水を以てこれを磨き、用って眼臉に塗らば、形まさに自ずから隠るべしと。
尋いで師の教えを受け、各この薬を磨くに、竜樹香を聞ぎてすなわち便ちにこれを識る。数の多少を分かつに、錙銖も失うなし。還りてその師に向い、具さにこの事を陳ぶるに、この薬満ち足りて七十種あり、名字・両数皆その方のごとし。
師聞きて驚愕し、その由る所を問うに、竜樹答えて言う、大師まさに知るべし、一切の諸薬は自ずから気分あり、これに因りてこれを知る、何ぞ怪しむに足らんやと。師その言を聞き、いまだかつてあらずと嘆じ、すなわちこれなる念いを作す。
この人の若きはこれを聞くもなお難し、いわんや我親しく遇いたり、而してこの術を惜しまんやと。すなわちその法を以て具さに四人に授く。四人法に依りて此の薬を和合し、自ずからその身を翳し、游行自在なり。すなわち共に相将いて、王の後宮に入る。
宮中の美人、皆侵掠され、百余日の後、懐妊する者衆く、尋いで往きて王に白し、罪咎を免れんと庶う。王これを聞き已りて、心大いに悦ばず、云々。
時に一臣あり、すなわち王に白して言う、およそこの事は応に二種あるべし。一はこれ鬼魅にして、二はこれ方術なり。細土を以て諸門の中に置き、人をして守衛せしめ往来する者を断つべし。
もしこれ方術なれば、その跡自ずから現わる。設し鬼魅の入るならば、必ずその跡無からん。人なれば兵もて除くべく、鬼なればまさに祝りて除くべしと。王その計を用い、法に依りてこれを為すに、四人の跡、門より入るを見る、云々。
王勇士数百人を将って、刀を空中に振るわしめ、三人の首を斬る。王に近きこと七尺の内に、刀の至らざる所あり。竜樹身を斂め、王に依りて立つ。ここに於て始めて悟る、本の苦を為さんと欲して、徳を敗り身を辱せりと。すなわち自ら誓いて曰く、我もし脱るるを得て、この厄難を免るれば、まさに沙門に詣って出家の法を受くべしと。
既に出て山に入り、一仏塔に至り、欲愛を捨離し、出家して道を為む。九十日にして閻浮提のあらゆる経論を誦し、皆ことごとく通達す〉。
それより竜宮に入って深奥の経典を得、大乗の祖師となり、大いに仏法を興したそうだ。隠行の香薬とは、支那で線香を焼いて人事不省たらしめて盗みを行う者あるごとく、特異の香を放ち、守衛を不覚にして宮中に入ったのであろう。
back next
「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収