(仏教譚4)
サラミスの長人アヤース、ギリシア軍のトロイ攻めに武勇抜群だったが敵味方ともオジッセウス戦功無双と讃めしを憾み自殺した、その血から紫の百合花葩にアイ、アイとその名の頭字を現わし兼ねて嗟息吐く声を表わした(スミス同前)。
ドイツで薔薇をアドニス花と呼ぶは、アドニス殺された折りヴェヌス嘆き男の尸から血一滴下るごとに女神の眼から涙一点落ち血は薔薇涙はアドニス花となった故とか、一説に爾時女神急ぎ走りて刺で足を傷め元白かった薔薇花を血で汚して紅色にしたと、しかればスペンサーも「薔薇の花その古は白かりき、神の血に染み紅く咲くてふ」とやらかした、回教徒伝うらく回祖天に登る際額の汗堕ちて白薔薇、他の所より落した汗が黄薔薇となったと、また古ギリシア人伝えたはヘーラ睡れる間その夫ゼウス幼児ヘラクレス(ゼウス神、チーリンスの王アムフィトリオーンが軍に往った不在に乗じかの王に化けその後アルクメーネーに通じ生むところ、故にヘラクレス人間に住んだうち常にヘーラに苦しめらる)をしてヘーラの乳を吮い不死の神力を禀けしめた、ところが吮う力余り強かったので乳出過ぎて口外に落ち百合となったとも銀河となったともいう、その百合の花非常に白きを嫉んでヴェヌス女神海波の白沫より出現し極浄無垢の花の真中に驢の陽根そのままな雌蕊一本真木柱太しく生した、しかしその無類潔白な色を愛で貞女神ヘーラまたジュノンおよびスベスの手にこの花を持つ、それと同時に件の陰相に因んで好色女神ヴェヌスと婬鬼サチレスもこの花を持つ(グベルナチス、巻二)。
ここに言える百合は谷間百合(きみかげそう)だともいう、耶蘇徒は聖母がキリストに吮わせた乳少々地に堕ちてこの草になったと伝う(ベンジャミン・テイロール『伝説学』第九章)。
紀州田辺近き上芳養村の俗伝に弘法大師筆を
馬蓼の葉で拭うた、自来この草の葉に黒斑失せずとて筆拭草と呼ぶ、『淵鑑類函』二四一に『湘州記』いわく〈舜蒼梧の西湖に巡狩す、二妃従わず、涙を以て竹を染む、竹ことごとく斑となりて死するなり〉、また『博物志』に〈洞庭の山帝の二女啼き、涕を以て竹に揮い竹ことごとく斑なり、今
下雋に斑皮竹あり〉、わが邦の虎斑竹のごとく斑ある竹を堯の二女娥皇と女英が夫舜に死なれて啼いた涙の痕としたのだ、英国などの森や生垣の下に生える毒草アルム・マクラツムはわが邦の蒟蒻や菖蒲とともに天南星科の物だ、あちらで伝うるはキリスト刑せられた時この草磔柱の真下に生えおり数滴の血を受けたから今はその葉に褐色の斑あると(フレンド『花および花譚』巻一、頁一九一)。
英国ダヴェントリー辺昔嗹人敗死の蹟に彼らの血から生えたという嗹人血なる草あり、某の日に限りこれを折ると血出ると信ぜらる、これは桔梗科のカムバヌラ・グロメラタ(ほたるぶくろの属)の事とも毛莨科のアネモネ・プルサチラ(おきなぐさの属)の事ともいう(同上、頁三一五。一九一〇年十二月十七日『ノーツ・エンド・キーリス』四八八頁)。
アルメニアのアララット山の氷雪中に衆紅中の最紅花、茎のみありて葉なきが咲くトルコ人これを七兄弟の血と号づく(マルチネンゴ・ツェザレスコ『民謡研究論』五七頁)。
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「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収