馬に関する民俗と伝説(その45)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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     いわゆる騎馬の始祖ベレロフォンは、本名ヒポノイース、ギリシアのコリントの産、同郷人ベレロスを殺してベレロフォン(ベレロス殺し)と呼ばる。その事で生所を立ち退きチーリンスのプレツスに寄るうち、プの妻アンテアその若くて美なるに惚れ込み、しばしばヤイノをきわむれども聴かざるを怨み、かえってベが自分に横恋慕すと夫に讒す。

    プレツス怒りてその舅ヨバテースに宛てて隠語もてベを殺しくれるようの依頼状をしたため、ベに持たせてヨに遣わす。ヨこれを読んで委細承知し、ベを自滅せしむべく往きてキメーラを討たしむ。それは獅の首山羊の胴蛇の尾で火を吐くぬえ同然の怪物だ。

    これより先地中海の大神ポセイドン、馬や鳥の形に化けて醜女怪メズサを孕ませ、勇士ペルセウスがメの首をねた鮮血より飛馬ペガソス生まれた。ベレロフォンこれに騎らば鵺に勝ち得べきを知り、アテナ女神の社に眠って金の※(「革+橿のつくり」、第3水準1-93-81)たづなを授かり、そのつげに由って飛馬の父ポセイドンにいけにえを献じ、その助力でかの馬泉水を飲みに来たところを捉え騎りて鵺をたおし、次にソリミ人次に女人国を制服したとは武功のほど羨ましい。

    さて帰路を要して己を殺さんとせるヨバテースの強兵を殺し尽して神色自若たるを、ヨが見てその異常の人たるを知り国の半を与え女婿とした。それからチーリンスへ還ってアンテアを欺き、飛馬に同乗するうち、突き落して海中に溺死できしせしめたまでは結構だったが、ベレロフォン毎度の幸運におごって飛馬に乗り昇天せんとす。大神ゼウスあぶを放ちて馬をさしめ、飛馬狂うてベを振り落し自分のみ登天す。ベは尻餅どっしりさてあしなえとなったとも盲となったともいう。

    その事インドの頂生王マンドハタールが過去の福業に因り望んで成らざるところなきに慢心して天に上りて帝釈ために座を分つにあきたらず、これを滅ぼさんと企てたが最後たちまち天から落ちて悩死した譚(ラウス英訳『仏本生譚ジャータカ』二五八)に類す。ツェツェス説に鵺ベレロフォンに火を吐き掛けんとした時、ベかねほこさきに鉛を付け置いた鎗をその口に突っ込み、鉛けて鵺を焼き殺したと。

    また後世飛馬ペガソスを文芸の女神団ムーサの使物とす。ムーサ九人ピエルスの九女と競い歌うて勝った時、ヘリコン山歓んで飛び上がるを飛馬が地上へ蹴戻した、蹄の跡より噴泉出でその水を飲む人文才たちまち煥発かんぱつす、その泉を馬泉ヒッポクレネというと。インドにも『リグヴェダ』に載るアグニの馬は前足より霊香味アムブロシヤを出し、アスヴィナウの馬は蹄下より酒を出して百壺をみてる由。

    支那では〈易州の馬※(「足へん+鉋のつくり」、第3水準1-92-34)泉、相伝う、唐の太宗高麗を征し、ここに駐蹕ちゅうひつす、馬※(「足へん+鉋のつくり」、第3水準1-92-34)あがきて泉を得たり、故に名づく、また馬※(「足へん+鉋のつくり」、第3水準1-92-34)泉あり、広昌県の南七十里にあり、俗に伝う宋の陽延昭、ここに屯爰とんえんす、馬※(「足へん+鉋のつくり」、第3水準1-92-34)きて泉を得たり〉(『大清一統志』二二)。その他和漢馬が※(「足へん+鉋のつくり」、第3水準1-92-34)あがき出した泉の話多し(同書同巻、一九〇〇年『随筆問答雑誌』九輯六巻に出た予の「神跡考」参照、柳田君の『山島民譚集』一)。

    山海経せんがいきょう』に、〈天馬かたち白犬のごとくにして黒頭、肉翅能く飛ぶ〉とあり、堀田正俊の『※(「風にょう+易」、第3水準1-94-7)言録ようげんろく』に、朝鮮の天馬形犬のごとくにこげ白兎のごとしといえるは、馬のたぐいらしくないが翼生えた馬の古図も支那にある。『史記』などを見ると天馬は外国最駿馬の美称だ。

    仏教にも飛馬あれど、〈身能く飛行し、また能く隠形し、あるいは大にあるいは小にす〉と言うのみ翼ありと言わず(『増一阿含経ぞういちあごんぎょう』一四)。ラウズ英訳『仏本生譚ジャータカ』一九六に、仏前生飛馬たりし時鬼が島に苦しむ海商どもを救うた事を述べたるにも、その飛馬全身白くくちばし烏に似、毛ムンジャ草のごとく、神力を以て雪山よりセイロン(鬼が島)まで飛んだとあれど翼の記載はない。

    が、『リグヴェダ』既にアスヴィナウが赤き翼ある馬して海中よりブフギウスをすくい出さしむとあれば、釈尊出生よりずっと前から翼ある馬の譚がインドにあったのだ。アリオストが記したヒポグリッフ、ハンガリーのタトス、古ドイツとスカンジナヴィアのファルケいずれも翼ありて空中を行く馬だ。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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