馬に関する民俗と伝説(その38)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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  • (付)白馬節会について

  • (心理5)



     ロメーンズはその友の持ち馬性悪く、毛をかるる際しばしばその脚の端蹄のうしろちょうど人の腕にあたる処へその絆に付けた木丸きだまはさみ、後向きに強くげて馬卒にてたものあり、またロ氏自身の馬が御者就寝ののち妙に巧く絆を脱しひつの栓を抜いて燕麦を落し尽した、これ無論馬自身が考え出したでなく、御者がいつもこうして燕麦を出しくれるを見置き夜食欲しきごとにこれになろうたんだ。この馬また水欲しき時管の栓を廻し暑き夜縄を牽いて窓を開けたといっている。

    次に明治十四年の『ネーチュール』から片方のくつを失った馬が鍛工の店頭に立ちて追えどもまた来る故、その足を見てこれと解り履を作りて付けやると、これで済んだかという顔付で暫く鍛工を見詰め、一、二度踏み試みて快げにいななせ帰った話を引きいる。

    また同誌から引いたはがんちの牝馬子を生んだが眼なき方へ子が来るごとにややもすれば蹈み打ったから、産まれて三、四月で蚤世そうせいなされた。さて次年また子を生んだ当日より母馬その子の在所を見定めた上ならで身を動かす事なく子よくい立った。これ初度の子が死んで二度めの子が生まれぬ間に記憶と想像と考慮を働かせ、前駒の死にかんがみて今度生まれたらこうしようと案じた結果だと。

    またいわく小屋に小馬を入れ戸をとざして内に※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)よこさし外に懸金かけがねをさし置くにいつも小馬が戸外に出居るを不思議と主人がうかがうに小馬まず自ら※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)さしを抜き嘶くと、近所の驢が来て鼻で懸金を揚げ小馬と二匹伴れて遊びに往ったてい、まるで花魁おいらんと遊客の懸落かけおちのようだったと。

    米国セントルイスのナイファー教授が『ネーチュア』二十巻に出したは、アイオワ市に住む友人の騾いつも納屋に入りて燕麦をぬすみ食う。庭の門が締まっておるに変な事と吟味しても判らず。しかるについに現行犯のところを見付けられた。

    まず懸金を揚げて門を開け出で、身をめぐらし尻で推してこれを閉じ、納屋に到って戸の※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)を抜くと戸自ずから開くのだ。この騾の智慧非凡だったから今少し打ちやり置いたらかくて開いた門戸をとざして夜の明けぬ間にうまやかえるくらいの芸当は苦もなく出来たはずだが、制禁厳重となりてその事に及ばなんだ云々と。

    ベーカーの『アルバート・ニャンザ記』に、欧州で鈍な男を驢と呼ぶがエジプトの驢は勘定が巧い。谷多き地を旅するに駱駝谷底にちて荷物散乱するを防ぐため、谷に遭うごと駱駝の荷を卸し、まず駱駝を次に荷物を渡してまた負わせ、多少行きて谷に逢いてまたかくする事度重たびかさねる内、驢ども発明自覚して谷に出会いて止まれの号令を聞くごとに、二十一疋そろいも揃うて地に伏して起たず。駱駝の荷を揚げ卸し谷を渡す間に眠ってやろうとの算段で、沙上に転び廻りて荷をくつがえしすこぶる人を手古摺てこずらせたとある。

    ロメーンズの書に、ニュウオーレヤンスの鉄道馬車の驢は鉄道を端から端まで五回走ればかる。四回走りても何ともせぬが五回目走りおわると必ず鳴く、以て驢は五の数を算え能うと知ると言う。ただし五回走れば厩人が驢を釈こうと待ち構えいるからそれを見て鳴くのかも知れぬから精査を要するといった。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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