5 商陸
商陸また当陸と書く。李時珍いわく「この物は水気を逐蕩することができる、故に逐蕩という。それを訛って商陸といい、また訛って当陸、 北方の発音で訛って章柳となった」と。そんなに訛り続けたと仮定するよりも、予は商陸の字に意義はなく、どこか支那の辺の原住民の語を、支那の字に音訳したものと思う。
『倭名類聚抄』にその和名をイオスキとしてあるが意味がわからない。その根の形が似たゆえか、山ゴボウと通称する。この称は約950年前に成った『康頼本草』にすでに記録してある。商陸科の商陸属植物は、マンドラゴラ属の東半球に偏在するのと異なり、東・西半球に産して全11種、うち1種フィトラッカ・アシノサは和漢ともに産し、普通のヤマゴボウと商陸で、多少の変種もあるらしい。支那で、その根も苗も茎も洗って蒸して食うが、根の赤いのと黄色なのは毒で、白根と紫根のもののみ食えといい、ネパール人も日本人もその葉を煮て食うというが、この辺では食わない。脚気患者などが、水下しに根を煎じて呑み、呑み過ぎて死ぬのも時々ある。
陶弘景いわく「商陸の根が人形のようなのには神がいる」と。小野蘭山の説に「その根皮は淡黄褐色で、形は大根のようである。あるいは人形のものもある。長い年月を経たものは、はなはだ大きくて径1、2尺に至る」と。この稿の初めに述べたように、支那の術士はこの人形の根で樟柳神を作るのだ。このことはほとんど欧州でマンドラゴラの人形の根を奉崇するのと同じである。
『本草』では商陸に赤白の2種あると書かれ、プリニウスはマンドラゴラの根にはまた白い雄と黒い雌の2様あると言ったが、商陸には雌雄の別はない。古ギリシアでは、マンドラゴラに催婬の力が強いと信じ、婬女神アプロディーテーをマンドラゴラ女神と称した。恋を叶えるためにその根を求めるには、刀で3度この草の周りに図を画き、顔を西にむけてこれを切る。第2の根を求めるならば、専念猥談しながらその周りを踊り廻らなければならない。また根を掘るのに、身を風上に置かねばならない。風下で立ち廻れば、その悪臭が強くて人を打ち倒すことあるからだ、と。現代のギリシアの青年もその小片を隠し持って媚符とする。こんなことは商陸根にはない。
(『本草綱目』一七。1889年ライプチヒ版、エングレルおよびプラントル『植物自然分科篇』3篇1部3巻10頁。 バルフォール『印度事彙』3巻209頁。 『重訂本草啓蒙』 一三。 プリニウス『博物志』25巻94章。フレイザー『旧約全書の俚伝』2巻575-576頁)