馬に関する民俗と伝説(その32)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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  • (付)白馬節会について

  • (性質7)


     十七世紀末の雑誌『アセニアン・マーキュリー』は、予が年久しく寄稿する『随筆問答雑誌ノーツ・エンド・キーリス』の前身といえる。ある人それへ投書して、馬飼いは馬の良種を選み、種々注意して思うままにこれを改良す、何と人間もその通り改良の出来ぬものだろうかと問うた。それに対した答文の大要は、かかる遣り方は天賦の自由を奪い、体躯の完成のみこれ望んで、精神の勇猛と貴さを失うを顧みぬものじゃという事だった。これを見ると人種改良の善胎学のという事今日に始まったのでなく、古来人間が馬の改良に鋭意したを見聞するほどのものは、必ず多少人間も改良は成りそうなものと気付いたはずだ。

     さて西暦八五一年(唐宣宗大中五年)アラビヤ人筆、『印度および支那航記』(レノー仏訳、一二〇頁)支那の習俗大いにアラビヤと異なるを録していわく、支那人同姓と婚せず、いわく他姓と婚すれば生まるる子双親に優ると。かかる説は古く既に『左伝』にあったと記憶す。かく同姓婚を忌んだ余勢は、いて大いに、神鬼霊怪の物が婦女に孕ませた子は、非凡の器となるてふ考えを助勢し、それまた余勢で馬までも霊物と交われば、最良種を生ずると想像するに及んだらしい。

    『大唐西域記』一に、
    〈屈支国東境城北天祠の前に大竜池あり、諸竜形をえ牝馬と交合し、ついに竜駒を生む、※[#「りっしんべん+龍」、383-2][#「りっしんべん+(「戸」の正字/犬)」、383-2]にして馭し難く、竜駒の子はじめてすなわち駕に馴る、この国多く善馬出る所以なり、諸先志に聞きて曰く、近き代に王ありづけて金花という、政教明察、竜馭乗に感ず、王ついに没せんとするに、鞭その耳に触れ、因ってすなわち潜隠し、以て今に至る、城中井なし、池水を取り汲むに、竜変じて人と為る、諸婦と会して子を生む、驍勇走りて奔馬に及ぶ、かくのごとく漸くなずむ、人皆竜種云々〉。

    アラビヤの旧伝に、インドの大王人を海島に遣わし、王の牝馬をつなぎ置かしむると、海より牡馬出てこれと交わり、終ってこれを殺さんとす。その時王の使おめいて彼を海へ追い込み、牝馬を伴れ帰って介抱すれば、海馬生まると(一八一四年版ラングレー仏訳『シンドバード航海記』一二頁)。

    『水経注』に※(「さんずい+眞」、第3水準1-87-1)てんち中神馬あり、家馬これと交われば、日に五百里行く駿駒を生むと。『大清一統志』に、江南金竜池、深さ測られず、唐初その中から一馬出で、朝は郊坡つつみを奔りのぼり、夜は池中へ入る、尉遅敬徳これを捕えたと(巻八十)。

    三五〇巻に、
    〈『魏書ぎしょ』いわく、青海周囲千余里、海内小山あり、毎冬氷合の後、良牧馬を以てこの山に置き、来春に至りこれを収む、馬皆孕むあり、生まるるところの駒、名号竜種と為す、必ず駿異多し、吐谷渾かつて波斯ペルシヤ馬を得、放ちて海に入れ、因って※(「馬+聰のつくり」、第4水準2-93-3)駒を生み、能く日に千里を行く、世に伝う青海※(「馬+聰のつくり」、第4水準2-93-3)はこれなり〉、

    『隋書』煬帝ようだい紀、
    〈大業五年、馬牧を青海渚中に置き、以て竜種を求め、効なくしてやむ〉。五九巻に、〈陝西せんせい竜泉、相伝う毎春夜牝馬を放ち、この泉水を飲ましめ自ずから能く懐孕かいようす、駒生まれて毛なく、起つ能わず、氈を以てこれをつつめば数日内に毛生ず、三歳に至らざるに、大宛馬だいえんばとほぼ同じ〉。

    また三二二巻に、広西の竜馬旧伝に、烟霧中怪しき物ありて、馬をい走る事飛ぶがごとし、後駒を生むに善く走ると。

     これらをすべてかんがうると、最初牧馬と野馬と判然分立せざる時、もしくは牧馬がしばしば逃れて野生にかえった時、湖中の島や遠く水を隔たった地などに自活しいたが、時に水を渡って牧馬に通い、生まるるところの駒が著しく良かったのを、海※(「馬+聰のつくり」、第4水準2-93-3)、海馬、竜駒などいったのだろう。野馬は人を厭う故に容易に人に見られず。形を見せぬ物が牧馬を孕ます故、竜てふ霊怪な物の子としたので、竜の居そうな所に野馬が棲んだのだ。古く八尺以上の馬を竜と呼んだも、かようのあたりから起ったらしい。

    熊野で、他所と懸絶した地点の小家の牝猫が、近所に一疋も牡なきに孕むを、これは交会の結果でなく、ほうきでれば牡なしに子をもうけるなど信じいる人を見た。実は人に取ってこそ他所と懸絶なれ、偶を求む牝猫は其式それしきの崖や渓をにゃんとも思わず一心に走り廻って、牡猫の情を受け返るを、知らぬは亭主ばかりなりで、猫を木の股から生まるるごとく想いいたのだ。そのごとく、馬が交会せずに孕み生むを見て、始めは人に見えぬよう竜と交わると信じたが、追々は竜の精を含める水さえめば孕むと想い、甚だしきは女護島にょごがしまの伝説同様、ある馬は風に孕まさるといった。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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