(性質8)
プリニウスいわく、ルシタニア(ポルトガル)のオリシポ城(今のリスボン)近所の牝馬、西風吹く時西に向えば孕み、生むところの駒は、極めて疾く走れど三歳以上活きず。その隣邦ガリシアとアスツア(今スペインの内)には、チェルドネなる馬種あり、他の諸馬に異なりて、同じ側の二脚を揃えて動かし、やすやすと歩む。世に四を履むてふ馬の歩きぶりは、これに倣うて教え込んだのだと。
熊楠いわく、駱駝、駝羊、豹駝、獅子は、同じ側の二脚を同時に進めるが、その他の諸獣いずれも前後左右の脚、交互前後して行く。人も走りまた歩む時手を振るに、右手と左足と遠ざかる時、左手と右足と近づき、右手左足近づく時、左手と右足と遠ざかる。馬またこの通りなるに、生まれ付いて駱駝流に行く馬があったとは眉唾物だろう。しかし教えさえすればさように歩かしむるを得。
シリア人は、ラファン体に歩く馬を賞美し、右の前足と右の後足と、而して左の前足と左の後足を相繋いで、稽古せしむ。もっともその技に長ぜる馬は、いかほど姿醜く素情悪くともすこぶる高値に売れる。人を騎せてこの風の足蹈みで疾走するに、その手に持てる盃中の水こぼれず。ダマスクスを出でて八、九時間でベイルートに著く。この距離七十二マイル、その間数千フィートの峻坂を二度上下せにゃならぬとは、驚き入るのほかなし。
『甲陽軍鑑』一六に、馬に薬を与うるに、上戸の馬には酒、下戸の馬には水で飼うべし、馬の上戸は旋毛下り、下戸は旋毛上るとあり。馬すら酒好きながある。人を以てこれに如かざるべけんやだ。プリニウスいわく、騾が人をるを止めんとならばしばしば酒を飲ませよと。
誠に妙法で、騾よりも吾輩にもっともよく利く。かつてアイルランド人に聞いたは、かの国で最も強く臭う烟草の烟を、驢の鼻へ吹き込むと、眼を細うし気が遠くなった顔付して、静まりおり、極めて好物らしいと。バスク人の俗信に、驢を撲ち倒しその耳に口を接して大いに叫び、その声終らぬうち大きな石でその耳を塞ぐと、驢深く催眠術に掛かったごとく一時ばかり熟睡して動かずと。
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「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収