馬に関する民俗と伝説(その30)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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     タヴェルニエーの『波斯ペルシア紀行』に、バルサラに草乏しきより、魚の頭と波頭棗デートの核を牛に飼うといい、マルコ・ポロの書には、アラビヤのユシェル国は世界中もっとも乾いた地で草木少しも生ぜず、しかるに三、四、五月の間、莫大にれる至って小さい魚あり、これを乾し蓄えて年中けだものの食とすと見ゆ。それから推すと神馬草の伝説もうそでなかろう。

    マルコ・ポロまたいわく、マーバールでは肉と煮米にこめかしいで食すから、馬が皆絶える、またいかない馬をち来るも産まるる子は詰まらぬものばかり、さてこの地本来馬を産せず、アラビヤ辺の商人、毎年数千の馬をこの国へ輸入し法外にもうける、しかるに一年つ間に、多くは死んで百疋も残らず、これこの国人馬を養う方を知らず、外商これを奇貨とし、馬医この国に入るを禁ずるによると。

    これら外商はインドへ馬をおくって莫大に贏けたが、うまい事ばかりはないもので、随分危ない目にも逢った。例せばタナの王は海賊と棒組ぼうぐみで、インド往きの船に多少の馬を積まぬはないから、馬さえ己に献ずれば他の積み荷は一切汝らに遣ると、結構な仰せに、海賊ども雀躍こおどりして外船を侵掠した。

     ギリシアのジオメデス王、その馬に人肉を飼ったが、ヘラクレス奮闘して王を殺し、そのしかばねを馬にわしむると温柔おとなしくなったという。わが邦にも『小栗判官おぐりはんがん』の戯曲じょうるり(『新群書類従』五)に、横山家の悍馬かんば鬼鹿毛おにかげは、いつも人をまぐさとし食うたとある。

    前年『早稲田文学』に、坪内博士舞の本や、古戯曲の百合若ゆりわかものがたりは、南蛮僧などが、古ギリシアのウリッセスの譚を将来したのを、日本の事のように作り替えたてふ論を出されたと聞いたが、いまだに手に入らぬからその論を拝読せぬ。しかし自分で調べ見ると、どうも博士の見はあたりいると信ずる。

     さてそのついでに調べると、小栗の譚は日本の史実を本としたものの、西暦二世紀に、チミジア国(今のアルゼリア)の人アプレイウスが書いた、『金驢篇デ・アシノアウレオ』の処々をうつし入れた跡が少なくない。

    例せば、サイケがクピッドに別れて昼夜尋ね廻るに基づいて、照天姫てるてひめが判官を尋ぬる事を作り、ヴィナスがサイケに七種の穀物を混ぜるを、短時間に選別えりわけしむるに倣って、万屋よろずやの長が、姫に七所の釜の火を断えずかせ、遠方より七桶の水を汲ませ、七種の買物を調えしむと筆し、上述ジオメデスの人食馬を人秣食う鬼鹿毛とし、壮士トレポレムス賊と偽って※(「穴かんむり/果」、第3水準1-89-51)ぞくかに入り、そこに囚われいる情女カリテを娼妓に売れと勧むると、照天娼家につかうると、またトが毒酒で群賊を眠らすのと、さて女を驢に載せて脱れ遂ぐるのとが、偶然また反対ながら、横山が小栗の郎従を酔殺すのと、判官鬼鹿毛に乗って遁げおおせるのとに近似しいる。

    もっとも小栗の話の大要は、『鎌倉大草紙』に載せた事実にもとづき、むやみに改むる訳にも往かぬところから、『金驢篇』の模倣はほんのそこここに止まる。それから俗に小栗の碁盤の曲乗りなど伝うるに似た事は、前項でインドの智馬が蓮花を蹈んであるいたのと、広嗣の駿馬が四足を合せて、一のくいの頂に立ったのとだ。

    躑躅つつじと同科のアセミまたアセボを『万葉集』に馬酔木あせみと書き、馬その葉を食えば酔死すという。「取つなげ玉田横野の放れ駒、つゝじの下に馬酔木花さく」と俊頼としよりは詠んだ(『塵添※(「土へん+蓋」、第3水準1-15-65)嚢抄じんてんあいのうしょう』九、『夫木集抄』三)。紀州で、その葉の煎汁で蘿蔔だいこんの害虫を除く。

    これと同じくアンドロメヤ属にく、小木ラタンカットは北インドに産し、その若葉と種子は牛や羊を毒すといえば、日本の馬酔木もしっかり研究せば、敵の軍馬を鏖殺おうさつすべき薬科を見出すかも知れぬ。その時や例の錦城館のお富の身請みうけをソーレターノーム。

     ミッチェル教授説に、馬や驢や花驢しまうまは十五乃至ないし三十歳生活するが、往々五十に達する確かな例あるがごとしと。スコッファーン説に、スコットランドの古諺こげんに、犬の命三つ合せて馬の命、それを三つ合せて人の命、それから鹿、鷲、槲樹かしわと、三倍ずつで進み増すとあるそうで、馬と鹿の間に人があるも面白い。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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