(名称3)
三年前、南洋の各地を視察した長谷部博士の説に、トルク島人闘う時
『根本説一切有部毘奈耶』に、仏の弟子
陀夷曰く姑の過ちでない、彼の両乳の間および隠密処に
そこで前同様に教え食を受けて去った。他日他の居士の家に説法した時、その姑にの事を尋ねると、
その後姑とと
またそんならそっちも姦通したに相違ないとてその陰相を語る、二人とも変な事と気付いて懺謝し、誰が汝に相を告げたかと相問うと、いずれも陀夷から聞いたと答え、大徳何に因ってことさらに我らを悩ませるぞと憤る。
そこへ老いた
インドなど、人が多く衣を重ね着ぬ熱地では、かかる事を学び知る便宜が遥かに他より多かるべく、したがってそっちの研究はよほど進みいただろう。それと同時にかかる
『十誦律』四七、比丘尼に具足戒を授くるに先だち、あらゆる事どもを問うて真実に答えしむ。
〈我今汝に問う、汝これ人なりやいなや、これ女なりやいなや、これ非人にあらざるや、畜生にあらざるや、これ不能女人にあらざるや、女根上に毛ありや〉
と、これかかる者を完全な人間と見ず、受戒を
この辺でもかかる女を不吉とし、殊に農家は不毛を忌む故、そんな者を