田原藤太竜宮入りの話(その26)

田原藤太竜宮入りの話インデックス

  • 話の本文
  • 竜とは何ぞ
  • 竜の起原と発達
  • 竜の起原と発達(続き)
  • 本話の出処系統

  • (竜の起原と発達3)

     全体竜と蛇がどうちがうかといわんに、『本草綱目』に、今日の動物学にいわゆる爬虫類から亀の一群を除き、残った諸群の足あるものを竜、足なきを蛇とし居る。アリストテレスが爬虫を有鱗卵生四足(亀と蜥蜴)、卵生無足(蛇)、無鱗卵生四足(蛙の群)に別ったに比して、亀と蛙を除外しただけ分類法が劣って居るが、欧州でも近世まで学者中に獣鳥魚のほか一切の動物を虫と呼び通した例すらあれば、それに比べて『綱目』の竜蛇を魚虫より別立し、足の有無に拠って竜類すなわち蜥蜴群と蛇群を分けたは大出来で、その後本邦の『訓蒙図彙』等に竜は鱗虫の長とて魚類に、蛇は字が虫篇ゆえ蝶蠅などと一つに虫類に入れたは不明の極だ。さて支那にも僧など暇多い故か、観察のくわしい人もあって、後唐の可止てふ僧托鉢して老母を養いあるきながら、青竜疏せいりょうそを誦する事三載みとせ、たちまち巨蟒うわばみあって房にあらわる。

    同院の僧居暁は博物ものしりなり、曰く蛇の眼はまたたかぬにこのうわばみの眼は動くから竜だろうと、止香をいて蟒に向い、貧道それがし青竜疏を念ずるに、道楽でなく全く母にうまい物を食わせたい故だ、竜神何卒なにとぞ檀越だんおつに一度逢わせてくださいと頼むと、数日後果して貴人より召され、夥しく供養されたという(『宋高僧伝』七)。

    拙者も至って孝心深く、かつ無類の大食なれば、可止法師に大いに同感を寄するが、それよりも感心なは居暁の博物ものしりで、壁虎やもりの眼がまたたかぬなど少々の例外あれど、今日の科学精覈せいかくなるを以てしても、一汎いっぱんに蛇の眼は瞬かず、蜥蜴群の眼が動くとは、動かし得ざる定論じゃ。

    それを西人に先だって知りいたかの僧はなかなかえらいと南方先生にめてもらうは、俗吏の申請で正六位や従五位を贈らるるよりは千倍悦んで地下に瞑するじゃろう。ただし、生きた竜の眼を実験とは容易にならぬこと故、これを要するに、例外は多少ありながら、竜蛇の主として別るる点は翼や角を第二とし、第一に足の有無にある。

    想山著聞奇集』五に、蚯蚓みみず蜈蚣むかでになったと載せ、『和漢三才図会』に、蛇海に入って石距てながだこに化すとあり、播州でスクチてふ魚海豹あざらしに化すというなど変な説だが、うじが蠅、さなぎとなるなどより推して、無足の物がやや相似た有足の物に化ける事、蝌蚪かえるごが足を得て蛙となる同然と心得違うたのだ。これらと同様の誤見から、無足の蛇が有足の竜に化し得、また蛇を竜の子と心得た例少なからぬ。南アフリカの蜥蜴蛇アウロフィスなど、前にも言った通り蜥蜴の足弱小に身ほとんど蛇ほど長きものを見ては誰しも蛇が蜥蜴になるものと思うだろ。

    『蒹葭堂雑録』の二足蛇のほか本邦にかかる蜥蜴あるを聞かぬが、これらは主に土中に棲んで脚の用が少ないから萎減いげんし行く退化中のもので、アフリカに限らず諸州にあり。実際と反対に蛇が竜に変ずるてふ誤信を大いにたすけ、また虫様の下等竜すなわち※(「虫+璃のつくり」、第3水準1-91-62)あまりょうてふ想像動物の基となっただろう。※(「虫+璃のつくり」、第3水準1-91-62)竜は支那人のみならずインド人も実在を信じたらしい(『起世因本経』七、『大乗金剛髻珠けつじゅ菩薩修行分経』)。

    本草綱目』にいう、
    〈蜥蜴一名石竜子、また山竜子、山石間に生ず、能くひょうを吐き雨を祈るべし、故に竜子の名を得る、陰陽折易の義あり、易字は象形、『周易』の名けだしこれに取るか、形蛇に似四足あり、足を去ればすなわちこれ蛇形なりと〉、

    『十誦律』に、
    〈仏舎衛国にあり、爾時そのとき竜子仏法を信楽す、来りて※(「さんずい+亘」、第3水準1-86-69)ぎおんに入る、聴法のため故なり、比丘あり、縄を以て咽に繋ぎ、無人処に棄つ、時に竜子母に向かいて啼泣す〉、
    母大いにいかり仏に告ぐ、仏言う今より蛇をあみ[#「罘」の「不」に代えて「絹のつくり」、179-2]する者は突吉羅罪ときらざいとす、器に盛り遠く無人処にくべしと。いずれも蛇を竜の幼稚なものとしたので、出雲佐田社さだのやしろへ十月初卯日ごとに竜宮から竜子をたてまつるというも、実は海蛇だ。

    折焚柴記おりたくしばのき』に見えた霊山りょうぜんの蛇など、蛇が竜となって天上した談は極めて多い(蛇が竜に化するまでの年数の事、ハクストハウセンの『トランスカウカシア』にづ)。

    back next


    「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

    Copyright © Mikumano Net. All Rights Reserved.