(虎に関する民俗4)
鳥と虎と関係ありとする迷信はこのほかにも例がある。ヴォワン・スチーヴンス説にマレー半島のペラック、セマン人懐妊すると父が予め生まるべき児の名を産屋近く生え居る樹の名から採って定めおく。児が産まれるや否や産婆高声でその名を呼びその児を他の女に授け児に名を附けた樹の下に後産を埋める。さて父がその樹の根本から初めて胸の高さの処まで刻み目を付ける、これと同時に賦魂の神カリ自身倚りて坐せる木に刻み目を付けて新たに一人地上に生出せるを標すとぞ。
その後その木を伐らずその児長じても自分と同名の木を一切伐らず損わぬ。またその実をも食わぬ。もしその児が女で後年子を孕むと自分と同名の樹で自宅辺に生え居るやつに詣り香好き花や葉を供え飾ると、今度生まるべき児の魂が鳥に托って来り母に殺され食わるるまで待ち居る。
この児の魂が托り居る鳥は不断その母と同名の樹に限り住み母の体が行くに随いこの木かの木と同種の樹を撰び飛び行く、またその母が初めて生む児の魂を宿す鳥は必ず母が祖母に孕まれいた時母の魂を宿した鳥の子孫だ。カリ神がこの鳥に児の魂を賦与する。万一母が懐妊中その生むべき子の魂が托り居る鳥を捕り食わなんだら、流産か産後少時しか生きおらぬ。
またもし子の魂が托った鳥を殺す時ススハリマウ(虎乳菌)の在る上へ落したら、その子生まれて不具となる。ススハリマウは地下に在る硬菌塊でまず茯苓雷丸様の物らしい、その内にまだ生まれぬ虎の魂が住み、牝虎子を生んだ跡でこの菌を食うと子に魂が入る、ただし虎は必ず牝牡一双を生むもの故、この菌一つにきっと二子の魂一対を宿すそうだ。
さて妊婦がその胎児の魂が宿り居る鳥を殺してかの菌の上へ落ちると、虎二疋の魂が菌を脱け出で鳥に入り、その鳥を妊婦が食うと胎児の体に入って虎と人の魂の争闘が始まり、児を不具にしもしくは流産せしむ。ただしこの争闘で児の体は不具もしくは流産となるが争闘の果ては人魂が毎も虎魂に克つ。
またこの菌に托る虎魂はかつて死んだ虎の魂でなくてカリ神が新たに作り種蒔くごとく撒賦ったものだ。また虎魂が産婦現に分身するところを襲い悩ます事あり、方士を招き禁厭してこれを救うそうだ(スキートおよびプラグデンの書、上出三—五頁)。
同書にジャクン族はその族王の魂は身後虎鹿豕鰐の体に住むと堅く信ずという。またベシシ族間に行わるる虎が唄うた滑稽謡を載せ居る。虎が虎固有の謡を唄うと信ずるのだ、セマン人信ずらく虎と蛇は毎も仲宜かった。かつて虎が人を侵すをプレ神寄生の枝もて追い払うた、爾後虎はプレ神の敵となり寄生を滅ぼさんとすると蛇これに加勢した。犀鳥は神方で蛇の頸を銜え持ち行くところへプレ神が来る。鳥何か言い掛けると蛇を喙から堕す。その頭をプレ神踏まえて鳥に虎を追わしめた。蛇の頭膨れたるはプレ神に踏まれたからで鳥に啄まれた頸へ斑が出来た。それから犀鳥が蛇を見れば必ず殺し虎を見れば必ず叫んで追い去らんとす。故に虎を射る場合に限り犀鳥の羽を矧いだ矢を用いてこれに厭勝つのだ。
またベシシ族の術士はチンドウェー・リマウ(虎チンドウェー)という小草を磨潰し胸に塗ると虎に勝ち得るという。この草の葉に虎皮同様の条紋ありその条紋を擬して術士の身に描く、セマン人言う藪中に多き木蛭が人の血を吮るを引き離し小舎外で焼くと虎血の焦げる臭いを知って必ず急ぎ来る。また吹箭もて猟に行く人の跡を随行また呼び戻すために追い駆ける者を虎疾んできっとこれを搏ちに掛かると。
智者大師説『金光明経文句』の釈捨身品の虎子頭上七点あるを見て生まれてすでに七日なるを知る事『山海経』に出づとあるが、予はかかる事『山海経』にあるを記えず。また件の説はインド説か支那説かまた智者自身の手製か否かをも知らぬ。
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「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収