粘菌の神秘について(現代語訳2)

粘菌の神秘について(現代語訳)

  • 1 粘菌,鬼市
  • 2 古蹟の保存
  • 3 民俗学
  • 4 社寺の保存

  • 2 古蹟の保存

     

    那智山
    那智山 / み熊野ねっと

     那智の一件は、『東京朝日』および和歌山の新聞へ出してから、県庁が大狼狽して官吏を派遣しただ今精査中にて、県庁はまたまた大物議が生ずるのを恐れて、下戻しの林を保安林に編入しようとし、村民は訴訟の費用を払うのに(色川の18大字で20万円の材木を伐るつもりで、そのうちの12万円は弁護士へ渡す約束である)、ぜひとも木を伐ろうとして争論中です。

    小生がいろいろ事実の委細を探るも、事は密やかでなかなかちょっと耳に入らない。また、かの辺りは小生の弟常楠という者の製酒ほとんど一手販売の状況で、弟と縁戚および出入りの者に関係も多いので、小生が表面から攻撃できない理由があり、困ったものです。

    いずれただ今寄稿中の徳川侯に呈する書(これは『牟婁新報』に書いたような悪口、滑稽ではありません。生物学と考古・里俗学上より神社保存の必要を説き、あわせて国体上の大関係を述べたもので、写真および図を多く添え申し上げます。なかなか長いもので、常人でこれを通読するものは稀なので、節約するのにはなはだ骨が折れ申します)が出来上がり次第、貴方へまわしますので、なにとぞ木下氏より徳川氏へおまわしください。しかし、木下氏がこのことを好まないのならば、やむを得ず大学連へ出しましょう。

     小生は神道のようなものに別に関係ありませんが、わが国の古蹟を保存することは、愛国心を養う上において、また諸般の学術上はなはだ必要なことと思う。古蹟というのに、史蹟(すなわち平清盛の塚とか、平井権八の碑とか)と、有史前の古蹟とがある。(誰の家かわからないが、古ゴール人の塚に似たものを当地の辺りで小生は見つけ出した。また誰のものとも知れないが、陵墓風のものがあり、和歌浦に多く古い石槨(※いしき:棺を納めるために墓の中につくった石の部屋※)があったのを、10年ばかり前に打ち破った。これらは誰のものと知れないが、打ち破らずに置いたらいろいろの参考になるものである。一度打ち破ったら、再び巨細のことを研究することができない。)国の古さを証明するには、この有史前の古蹟の保存がもっとも必要です。白石の秋田氏の譜にいったように、わが国の君も臣も百姓もみな由緒、来歴があることを証明するのです。

     肥前国邑久郡朝日村に「王の塚」というものがある。大きな家で、中央に大きな石室があり、周囲に小さな石室がある。みな髑髏を埋めている。平経盛の墓であるという。平経盛は、敦盛の父で。『頼政集』などに何でもない和歌が残っている、別に何といってわが国に功ある人ではない。しかしながら、その辺りで石鏃などを出土し、また太古神軍があったという。この例のようなのは、平経盛の塚としては別に保存の必要はないが、学術上このような構造を備えた塚としては非常に参考になるもので、例のわが国にむかし殉死の法があったのか否かの問題などにははなはだ興味を添えるものである。

    この社(飯森神社)の社司は合祀大反対で、小生と交際があり、はなはだ惜しんでいる。昨今の合祀後、この塚の荒廃ははなはだしく、どうやってみても、2,3年中にわけもなく砕かれてしまうだろう、とのことである。これを砕くなら砕くで、学者の調査を遂げさせること、法律上変死の検証を経て葬るような手続きぐらいはあってほしいものではないでしょうか。

     田辺の近傍にも、神社合祀のあとを発掘し、斎瓶(いわいべ)などを取り出し、種々の素性話を作り、売り飛ばして思いがけない利益を得、そしてその跡の石棺、石槨を滅却する例が少なくない。これらははなはだ惜しむべきことである。斎瓶などは、由来を知れずに決して何の学術上の功あるものではない。なんとかその筋の専門家を待って検査し、一度滅却したら再び見ることができなくなる構造は、詳しく記載し調図して学問に役立てるようにしたいことである。つまりは、このような学術上の調査の準備ができるまでは、神社合祀は厳しく制限されたいことである。

    山口主陵頭の話では、奈良県では武内宿禰(たけうちのすくね)の墓を滅却したという。これも記載制図が終わった上で、その必要があって滅却されたのならば、それほど惜しむことではない。何のわけもなく、何のかたつけも残さずに滅却したのを、小生ははなはだ惜しみます。

     植物なども、平地の植物はただ神森にのみ生を聊しているのです。しかしながら、合祀滅却のためにすでに絶滅したものが多く、たとえばバクチノキと申すものは、半熱帯の九州地方に特産するものである。本州ではこの田辺の辺りで沿海の地に地に少々あるだけである。しかしながら、神社滅却のためにこの木はこの辺で見ることができなくなり、やむを得ず加賀まで(植物園に植えて移してあるのだ)見に行った人がある。ようやく1本開花結実するものを小生が見つけ出したが、その社はすでに合祀されたので、本州でこの地にだけ特産するこの木は今年か来年かのうちに全滅し、後世、この木は日本で九州のみに産する伝えるようになるだろう。この類の嘆ずべきことが多い。

    さて合祀の益といっては、無智無頼の巫祝(『和名抄』に乞盗類に入れたのは至当であることを証すべき)の月給を上げて、大した才能や徳もないのに高い地位に就かせ、報酬を受けさせることにすぎない。いずれ徳川侯へ呈する書は、1通はまた貴下へ呈するので、御細読願い申し上げます。

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    「粘菌の神秘について」は『南方熊楠コレクション〈第2巻〉南方民俗学』 (河出文庫) 所収。

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