粘菌の神秘について(現代語訳4)

粘菌の神秘について(現代語訳)

  • 1 粘菌,鬼市
  • 2 古蹟の保存
  • 3 民俗学
  • 4 社寺の保存

  • 4 社寺の保存

     

    渡御前社
    渡御前社 / み熊野ねっと

     前日申し上げた大津絵、「ストトンコロリと渡るのは」の次は、その道の名人に聞きただしたところ「日本橋」と結ぶので、矢倉橋ではないとのこと。ゆえに「このストトンコロリ」はあながち太鼓の音を模したものではないと存ぜられます。このことを正誤いたしおきます。

     なんとかの犬毛人とかいう人の墓より出た銘がこのたび国宝になったとのことです。この人の名は『続日本紀』にあるとか。しかし、名があるだけでどんなことをなしいかなる功績があった人かはわからない。これを国宝とするのは、主としてその頃の制度を調べる確証となることによります。

    ただ今史蹟保存、史蹟保存というのは、頼朝の墓とか太閤の生地とか名のある人の故趾と存ぜられます。それも保存の必要がありますが、それよりもはるかに必要なのはわが国の世態変遷、建国の由来、古さを証明する諸時代の社会一般の風俗を見ることができる古跡です。これを保存するのに第一に必要になるのは、都会で200〜300年以来立ったのと違って、ずんと昔から存する社寺でございます。

     神社合祀のために諸社滅却されて什宝は紛失し、昨今当県庁にて県誌編纂主任である内村義城氏などは公然と新聞に投書し、本県の神社合祀は、九州で大友、有馬が外教を信じるあまり一切の古を見ることができる旧跡、神社を破損し尽くして、今日どのようにしても古史を探ることができる手がかりがなくなってしまったことに等しい濫法の行為と述べられております。

    今月の『日本及び日本人』(発売禁止)に、河東碧梧桐が小生との対談を長々と載せた中に見えたように、このような不法極まる行為をして、さて和歌山県から6人すなわち最多数の大逆徒を出したのをあれこれいうのは、酒代を与えて車夫の乱酔を咎めるようなものということができる。(新宮では、神武天皇を祀った渡御前社を第一に大急ぎで、内務省から訓令が出て合祀を取り締まる前に破却し、公売して大利を得た、と誇る人がいる。これは取りも直さず大逆を教えるものである。)

     小生は昨冬、安堵峰でモミラン(寒中に花が咲き実がなる。愛すべき青白花で、紅点がある)と称する希有の樹生蘭を採った。大学の牧野富太郎氏に送ったところ、非常に珍しい物だともっと多く求められる。小生は梅雨が済んだらまた兵生へこの菌を採りに行く。その節にいろいろ山男などのことを聞きただし、ひとつひとつひかえ申し上げましょう。

     この蘭は入り用なら、木下氏へも送り申し上げましょう。ついでのときにお聞きくださいませ。東京ではきっと育つ。

     明治44年6月12日

    南方熊楠   

       柳田国男

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    「粘菌の神秘について」は『南方熊楠コレクション〈第2巻〉南方民俗学』 (河出文庫) 所収。

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