(仏教譚14)
またインドパンジャブ州の俚談に雄雀年老いたるが若き雌雀を娶り、在来の雌雀老いて痛き目を見るを悲しんで烏の下におり雨降るに気付かず、烏の中に色々に染めた布片あり、雨に溶けて老雀に滴り燦爛たる五采孔雀のごとしと来た、悦んで巣へ帰ると新妻羨んで何処でかく美装したかと問う、老妻染物屋の壺に浸って来たと対う、新妻これを信じ染物屋へ飛び往き沸き返る壺に入って死ぬほど湯傷する、雄雀尋ね往って新妻を救い銜えて巣へ還るさ老妻見て哄笑し、夫雀怒って婆様黙れと言うと新妻夫の嘴を外れ川に落ちて死んだ。
夫雀哀しんで自ら羽を抜き丸裸になってピパル樹に栖り哭く、ピパル樹訳を聞いて貰い泣きし葉をことごとく落す、水牛来て訳を聞いて角両つ堕し川へ水飲みに往くと、川水牛角なきを異しみ訳を聞いて貰い泣きしてその水鹹くなる、杜鵑来り訳を聞き悲しみの余り眼を盲し商店に止まって哭き、店主貰い泣きして失心す、ところへ王の婢来り鬱金を求めると胡椒、蒜を求めると葱、豆を求めると麦をくれるので訳を尋ね、哀しみ狂して王宮へ帰り詈り行く、后怪しんで訳を聞き息切れるまで踊り廻る、王子これを哀しみ鼓を打ち王その訳を聞いて琴を弾いたという。
日本にもこのような逓累譚があった証拠は、近松門左の『嫗山姥』二に荻野屋の八重桐一つ廓の紵巻太夫と情夫を争う叙事に「大事の此方の太夫様に負を付けては叶うまい加勢に遣れと言うほどに……彼処では叩き合い此処では打ち合い踊り合い……打ちめぐ打ち破る踏み砕く、めりめりひやりと鳴る音にそりゃ地震よ雷よ、世直し桑原桑原と、我先にと逃げ様に水桶盥僵掛り、座敷も庭も水だらけになるほどに、南無三津浪が打って来るは、のう悲しやと喚くやら秘蔵の子猫を馬ほどに鼠が咥えて駈け出すやら屋根では鼬が躍るやら神武以来の悋気争い」とある、これはその頃行われた逓累譚に意外の事どもを聯ねつづけた姿に擬したのだろ、かつて予が『太陽』に載せた猫一疋より大富となった次第また『宇治拾遺』の藁一筋虻一疋から大家の主人に出世した物語なども逓累譚を基として組み上げた物だ。
(大正三年五月、『太陽』二〇ノ五)
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「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収