(竜の起原と発達(続き)4)
インド、アラビア、東南欧、ペルシア等に竜蛇が伏蔵を守る話すこぶる多い、伏蔵とは英語でヒッズン・トレジュァー、地下に匿しある財宝で、わが邦の発掘物としては曲玉や銅剣位が関の山だが、あっちのは金銀宝玉金剛石その他最高価の珍品が夥しく埋まれあるから、これを掘り中てた者が驟かに富んで発狂するさえ少なからず、伏蔵探索専門の人もこれを見中てる方術秘伝も多い。
『起世因本経』二に転輪聖王世に出づれば主蔵臣宝出でてこれに仕う、この者天眼を得地中を洞し見て有王無王主一切の伏蔵を識るとあるから、よほど古くより梵土で伏蔵を掘って国庫を満たす事が行われたので、『大乗大悲分陀利経』には〈諸大竜王伏蔵を開示す、伏蔵現ずる故、世に珍宝饒し〉という。
前文に述べた通り伏蔵ある地窖や廃墟や沼沢には蛇や蜥蜴類が多く住み、甚だしきはを蓄って宝を守らせた池もある故、自然とこれらの動物をあるいは神物あるいは吝人が死後竜蛇になって隠財を守ると信じたのだ、さてかの国々の蛇は大抵水辺を好み沙漠に棲むものまでも時に湖に游ぐ事あり(バルフォル『印度事彙』三巻五七四頁)、予が毒竜の現物と上に述べた鱗蛇は在インドの英人これを水蜥蜴と通称するほど水辺を好み、蛟竜の本品たるが水に住むは知れ切ったところだ、かつ伏蔵もとより地下に限らず沼沢中に存するも多き故竜を以て地下また水中の伏蔵主とししたがって財宝充満金玉荘厳せる竜宮が地下と水中にありとしたのだ、ヒンズ教に地下に七住処ありて夜叉、羅刹等住み最下第七処パタラに多頭竜王諸竜を総べて住むというは地底竜宮で『施設論』六に〈山下竜宮あれば、樹草多きに及ぶ、山下竜宮なかれば、樹草少なきに及ぶ〉とあり、水中の竜宮は有名な無熱池を始め河湖泉井までもすこぶる例多く秀郷が往ったのも琵琶湖底にあったのだ。
『出曜経』八に無厭足とて名から大強慾な竜王が己を祀りて富を求むる婆羅門を使い富家の財をことごとく地下に没入せしに、富家の主人竜泉に至りわが財宝は正道もて獲たればみだりに竜に取らるべきにあらずとて、金を泉に投ずるに水皆湧き熱し竜王懼れ金を出して皆還したとあり。
『続古事談』四に「祇園社の宝殿の中には竜穴ありといふ、延久の焼亡の時梨本の座主その深さを量らむとせしに五十丈に及んでなほ底なしとぞ」、これらで見ると地底に水あまねくことごとく海に通ずれば井泉河湖に住む小中竜王の大親分たる大竜王は大海に住み、大海底の竜宮の宏麗泉河湖沼のものに比して格別なる事既に経文より引いたごとく、これ陸地諸水がついに海に入るごとく陸地諸宝も必ず海に帰すとした上、船で運ぶ無量の珍宝財宝が難破のため多く海に沈むからの見解で、近い話は前日八阪丸とともに没した莫大の金額も古人なら竜宮を賑わし居ると信じたはずだ、わが邦の弟橘媛古英国のギリアズンなど最愛の夫を救わんと海に入ったすら多く、仏書に風波を静めんとて命よりも尊んだ仏舎利や経文を沈めた譚も少なからず、アフリカのギニアの浜へ船久しく著かぬ時その民一切の所有品を海に抛げ込んでその神に祈り、ために神官にくれる物一つもなくなる故神官余りかかる大祈祷を好まなんだ由(ピンカートン『航海旅行記全集』十六巻五〇〇頁)。
されば竜宮に永年積んだ財宝は無量で壇の浦に沈んだ多くの佳嬪らが竜王に寵せられて竜種改良と来るから、嬋娟たる竜女が人を魅殺した話多きも尤もだ、竜宮に財多しというが転じて海に竜王住む故大海に無量の宝ありと『施設論』など仏書に多く見ゆ。
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「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収