(竜とは何ぞ3)
『正法念処経』にいわく、瞋痴多行の者、大海中に生まれて毒竜となり、共に瞋悩乱心毒を吐いて相害し、常に悪業を行う。竜が住む城の名は戯楽、縦横三千由旬、竜王中に満つ、二種の竜王あり、一は法行といい世界を護る、二は非法行で世間を壊る、その城中なる法行王の住所は熱砂雨らず、非法行竜の住所は常に熱沙雨り、その頂あり、延いて宮殿と眷属を焼き、全滅すればまた生じて不断苦しみを受く、法行竜王の住所は七宝の城郭七宝の色光あり、諸池水中衆花具足し、最上の飲食もて常に快楽し、妙衣厳飾念うところ随意に皆あり、しかれどもその頂上常に竜蛇の頭あるを免れぬとある。今も竜王の像に、必ず竜が頭から背中へ噛り付いたよう造るは、この本文を拠としたのだろ。さて竜に生まるるは、必ずしも瞋痴った者に限らず、吝嗇な奴も婬乱な人も生まれるので、吝な奴が転生した竜は相変らず慳く、婬なものがなった竜は、依然多淫だ。面倒だが読者が悦ぶだろから、一、二例を挙げよう。
『大毘盧遮那加持経』に、人の諸心性を諸動物に比べた中に、広大なる資財を思念するを竜心と名づけた。わが邦で熊鷹根生というがごとし。今日もインドで吝嗇漢嗣子なく、死ねば蛇と化って遺財を守るという(エントホヴェン輯『グジャラット民俗記』一一九頁)。すべてインドで財を守る蛇はナガ、すなわち載帽蛇で、多くの場合に訳経の竜と相通ずる奴だ(後に弁ずるを読まれよ)。
『賢愚因縁経』四に、波羅奈国の人苦心して七瓶金を蓄え、土中に埋み碌に衣食せず病死せしが、毒蛇となってその瓶を纏い数万歳を経つ、一朝自ら罪重きを悟り、梵志に托し金を僧に施して、蛇身を脱れ天に生まれたとあり。
『今昔物語』十四なる無空律師万銭を隠して蛇身を受けた話、また聖武天皇が一夜会いたまえる女に金千両賜いしを、女死に臨み遺言して、墓に埋めしめた妄執で、蛇となって苦を受け、金を守る、ところを吉備大臣かの霊に逢いて仔細を知り、掘り得た金で追善したので、蛇身から兜率天へ鞍替したちゅう話など、かのインド譚から出たよう、芳賀博士の攷証本に見るは尤も千万だ。降って『因果物語』下巻五章に、僧が蛇となって銭を守る事二条あり。『新著聞集』十四篇には、京の富人溝へ飯を捨つるまでも乞食に施さざりし者、死後蛇となって池に住み、蓑着たように蛭に取り付かれ苦しみし話を載す。
婬乱者が竜と化った物語は、『毘奈耶雑事』と『戒因縁経』に出で、話の本人を妙光女とも善光女とも訳し居るが、概要はこうだ。室羅伐城の大長者の妻が姙んだ日、形貌非常に光彩あり、産んだ女児がなかなかの美人で、生まるる日室内明照日光のごとく、したがって嘉声城邑に遍かった。
しかるところ相師あり、衆と同じく往き観て諸人に語る、この女後まさに五百男子と歓愛せんと、衆曰くかかる尤物は五百人に愛さるるも奇とするに足らずと、三七日経て長者大歓会を為し、彼女を妙光と名づけた。
ようやく成長して容華雅麗に、庠序超備、伎楽管絃備わらざるなく、もとより富家故出来得るだけの綺羅を飾らせたから、鮮明遍照天女の来降せるごとく、いかな隠遁仙人離欲の輩も、これを見ればたちまち雲を踏み外す事受け合いなり、いかにいわんや無始時来煩悩を貯え来った年少丈夫、一瞥してすなわち迷惑せざらんと長口上で讃めて居るから、素覿無類の美女だったらしい。諸国の大王、太子、大臣等に婚を求めたが、相師の予言を慮り、彼ら一向承引せず、ただ彼女を門窓戸より窺う者のみ多くなり、何とも防ぎようがないので、長者早く娘を嫁せんとすれど求むる者なし。時に城中に一長者ありて、七度妻を娶りて皆死んだので、衆人綽号して殺婦と言った。
海安寺の唄に「虫も殺さぬあの主様を、女殺しと誰言うた」とあるは、女の命を己れに打ち込みおわらしむてふ形容詞だが、今この殺婦は正銘の女殺しの大先生たるを怖れ、素女はもちろん寡婦さえ一人も取り合わぬ。相師の一言のおかげで、かかる美容を持ちながら盛りの花を空に過さしむるを残念がって、請わるるままに父が妙光を殺婦に遣った心の中察するに余りあり。
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「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収