履歴書(口語訳3)


履歴書(口語訳)

  • 1 宗像三神について
  • 2 父母について
  • 3 和歌山、東京、アメリカ
  • 4 アメリカ,キューバ
  • 5 ロンドンに渡る
  • 6 ロンドンで知り合った人
  • 7 ネーチャー、大英博物館
  • 8 孫文
  • 9 ネーチャー、ノーツ・エンド・キーリス
  • 10 落斯馬論争
  • 11 『方丈記』英訳
  • 12 ロンドンの下宿
  • 13 母と兄
  • 14 大英博物館を離れる
  • 15 帰国
  • 16 和歌山
  • 17 熊野
  • 18 かわいそう
  • 19 幽霊と幻の区別
  • 20 結婚、小畔氏との出会い
  • 21 高野山へ
  • 22 土宜法竜
  • 23 粘菌
  • 24 生きた薬
  • 25 陸生トコロテン
  • 26 青い粘菌
  • 27 僻地、熊野
  • 28 隣人とのトラブル
  • 29 法律が苦手
  • 30 弟の妻
  • 31 梅毒
  • 32 南方植物研究所設立へ
  • 33 寄付金
  • 34 山本達雄
  • 35 媚薬
  • 36 処女を悦ばす妙薬
  • 37 締まりをよくする方
  • 38 実用
  • 39 専門家の弊害

  • アメリカ、キューバ

    地衣
    Stonewall Rim-Lichen and Bare-Bottom Sunburst Lichen / pellaea

     ここには日本人学生は20人ばかりいた。後には30、40人もいた(粕谷義三、岡崎邦輔、川田鷹、杉山三郊、その他、名士が多い)。ここで小生は大学に入らず、例のごとく自分で書籍を買い標本を集め、もっぱら図書館に行き、広く荒野林中で学んで自然を観察する(そのときの採集品は今もある)。

    飯島喜太郎氏(埼玉県入不止(いりやまず)とかいう所の人、米国に15年留学。ただし小生同様学校に入らず実地練習をし、山県侯の子分中山寛六郎氏に知られ、伴われて帰って南品川に電気変圧機の工場を持っている。当地へ小生を訪ねてきて、昔話をしたことがある、大正2年のこと)だけ、毎度小生と同行して植物を採った。

    このようにして2、3年いるうちにフロリダで地衣類を集めるカルキンス大佐と文通上の知人となり、フロリダには当時米国学者の知らない植物が多いのを確かめた上、明治23年〔24年の誤り〕フロリダに行き、ジャクソンヴィル市で中国人の牛肉店に寄食し、昼は少し商売を手伝い、夜は顕微鏡を使って生物を研究する。

    その中国人はおとなしい人で、小生の学事を妨げないために毎夜不在となり、外泊し明け方に帰ってきた。24年にキューバに渡り、近傍諸地を観察する。

    所集の植物は今もある。大正4年に 米国植物興産局主任スウィングル氏が田辺に来て一覧した。この人も、ちょうどその頃フロリダにいたのだ。小生の所集には今も米国人の手に入らないものが多く、いまだ学会に知られないものもある。

    キューバにて小生が発見した地衣に、仏国のニイランデーがギアレクタ・クバナと命名したものがある。これは東洋人が白人領地内において最初の植物発見である。当時集めた虫類の標本は欧州を持ち回り日本へ持ち帰ったが、家弟方で注意が足らないため1虫を除いてことごとく虫に食われ粉となってしまった。捨ててしまおうと思ったが、田中長三郎があまりに止めるので、今も粉になったまま保存してある。

    これら小生が西半球で集めたもの、ことに菌類標本のなかには、日本人が白人領土内で発見したものとして誇示すべきものが多く残っている。しかしながら、一生不遇、貧乏でいま自分の名で発表できないのは古今の遺憾事である。

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    「履歴書」は『南方熊楠コレクション〈第4巻〉動と不動のコスモロジー』 (河出文庫)に所収




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