履歴書(口語訳26)


履歴書(口語訳)

  • 1 宗像三神について
  • 2 父母について
  • 3 和歌山、東京、アメリカ
  • 4 アメリカ,キューバ
  • 5 ロンドンに渡る
  • 6 ロンドンで知り合った人
  • 7 ネーチャー、大英博物館
  • 8 孫文
  • 9 ネーチャー、ノーツ・エンド・キーリス
  • 10 落斯馬論争
  • 11 『方丈記』英訳
  • 12 ロンドンの下宿
  • 13 母と兄
  • 14 大英博物館を離れる
  • 15 帰国
  • 16 和歌山
  • 17 熊野
  • 18 かわいそう
  • 19 幽霊と幻の区別
  • 20 結婚、小畔氏との出会い
  • 21 高野山へ
  • 22 土宜法竜
  • 23 粘菌
  • 24 生きた薬
  • 25 陸生トコロテン
  • 26 青い粘菌
  • 27 僻地、熊野
  • 28 隣人とのトラブル
  • 29 法律が苦手
  • 30 弟の妻
  • 31 梅毒
  • 32 南方植物研究所設立へ
  • 33 寄付金
  • 34 山本達雄
  • 35 媚薬
  • 36 処女を悦ばす妙薬
  • 37 締まりをよくする方
  • 38 実用
  • 39 専門家の弊害

  • 青い粘菌

    粘菌
    slime mold / frankenstoen

      この他に粘菌類に、フィサルム・グロスムというものがある。これは他の粘菌とちがい、初め朽ち木を食べて生きず、地中にあって地中の有機分を食い、そして成熟に臨んで地上に現われ、草木などにかき上って成熟するが、なかでも土壁や石垣などの生気のないものに這い上がって成熟することが多い。明治34年に、小生は和歌山の舎弟の宅の雪隠の石壁に、世界中のレコード破りの大きなものを見つけた(直径3寸ほど)。去年の秋、小畔氏邸の玄関の靴ぬぎ石についていたものはもっと大きかったらしい。他にもアフリカ辺にこのように土中に生活する粘菌2、3種見つけ出されたのを知る。

      これは先に申した、生きた物につかなければ成熟しないものたちと反対に、なるべく生命のない物を好むとは妙なことである。朽ち木腐草などを食って生活するよりも、有機分の少ない土の中に活きていては体内に接種する養分も少ないはずで、したがって成熟した後の大きさも、生物を食うものたちに比べて小さいはずだが、事実はこれに反し、普通、生物の腐ったのを食うものたちよりも数百倍または千倍の大きさである。これをもって見ると、滋養分の多い物を食うから身体が大きく、滋養分の少ない物を食うから身体が小さいというわけにはいかないと見える。このことを研究したくて、右の畑にこの粘菌をも植え、不断その変化を見ているのだ。


      また妙なことは、粘菌類が活動しているうちの色は白、紅、黒、紫、黄、緑などいろいろあるが、青色のものはなかった。ところが、大正8年秋末に、この田辺の知人で杓子かけ、くらかけ、ちりとり、鍋ぶたなどを作って生活する若い人が妙なものを持って来た。春画に見える淫水のようなものが土の上に滴下している。その色がペレンス(※鉱物顔料のひとつ※)のように青い(きわめて快晴の日の天または海の色である)。

      小生はこの人が戯れに糊に彩色を混ぜて小生を欺きに来たかと思ったが、ついでがあったためその宅に行き件の物を生じた所を見ると、ちょうど新たに人を斬ったあとのように、青い血が滴り飛んでいる体である。およそ3尺ほどの径(わた)りの所(雪隠の前)の地面の中央には大きな滴りがある。それより四方八方へやや長くなって大きさ不同の滴りが飛び散っている。その滴りを見ると、蠕々(じゅじゅ)として動くから粘菌の原形体とわかり、大きな樽の栓をその辺へころがしておいて、この淫水様の半流動体がこの栓に這い上がり、全くこれを覆ったなら持って来いと命じて帰宅すると、翌朝、持って来て栓が全く青色になっている。

       さてその栓を紙箱に入れ、座右に置いてときどき見ると、栓の全体を覆った青色の粘液様のものが湧きかえり、そのうち、諸所より本当の人の血と変わらない深紅の半流動体を吐き出す。翌朝になって下図(※図は本で見てください。『南方熊楠コレクション〈第4巻〉動と不動のコスモロジー』 (河出文庫) 346頁)のようなものとなり、すなわちフィサルム・グロスムという粘菌で、多く栓の上の方に登って成熟していた(灰茶色が普通だが、このときに限り灰茶色で外面に青色の細粒をつけていた。しかし、数日の後、青色の細粒は全く跡を留めなくなった)。

      昔から支那で、無実の罪で死んだものの血は青くなり、年月を経ても、その殺された地上に現われると申す。 周の萇弘という人は惨殺されたが、その血が青くて天に冤罪を訴えたという。また倭冦が支那で乱暴して回ったとき、強姦の上殺された婦女の屍の横たわった跡に、年々青い血がその女の姿形に現われたということがある。これはこの粘菌の原形体が成熟前に地上に現われ、初めは青いが、次第に血紅となるので、これを碧血と名づけ、大いに恐縮したことかと思って、ロンドンの『ジョーナル・オヴ・ボタニー』へ出しておいた。

     とにかく、従来かつて無例の青色の原形体を見たのは小生ひとり(およびむろん発見者である匠人とまた小生の家族)で、なぜ普通、この種の粘菌の原形体は淡黄なのに、この一例に限り青色であったかは今になっても一向にわからず、この研究のためにもその種を右の畑にまき、日夜番しているのだ。


     それなのに、「花千日の紅なく人百日の幸なし」でか、 大正9年末になって、小生の南隣の家を、ある(当時の)材木成金が買って移り住む。もと小生の宅は当地第一の裕福の士族の宅地で全部を合わせると1,000坪以上であろう。その家が衰えて幾度にも売りに出し、いろいろと分かれて、拙宅が中央、そして北隣の宅が小生の知人のものとなり(これはもと持ち主の本宅であった)、南隣の宅がいろいろと人の手に渡ってこの成金のものとなったのだ。

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    「履歴書」は『南方熊楠コレクション〈第4巻〉動と不動のコスモロジー』 (河出文庫)に所収




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