履歴書(口語訳36)


履歴書(口語訳)

  • 1 宗像三神について
  • 2 父母について
  • 3 和歌山、東京、アメリカ
  • 4 アメリカ,キューバ
  • 5 ロンドンに渡る
  • 6 ロンドンで知り合った人
  • 7 ネーチャー、大英博物館
  • 8 孫文
  • 9 ネーチャー、ノーツ・エンド・キーリス
  • 10 落斯馬論争
  • 11 『方丈記』英訳
  • 12 ロンドンの下宿
  • 13 母と兄
  • 14 大英博物館を離れる
  • 15 帰国
  • 16 和歌山
  • 17 熊野
  • 18 かわいそう
  • 19 幽霊と幻の区別
  • 20 結婚、小畔氏との出会い
  • 21 高野山へ
  • 22 土宜法竜
  • 23 粘菌
  • 24 生きた薬
  • 25 陸生トコロテン
  • 26 青い粘菌
  • 27 僻地、熊野
  • 28 隣人とのトラブル
  • 29 法律が苦手
  • 30 弟の妻
  • 31 梅毒
  • 32 南方植物研究所設立へ
  • 33 寄付金
  • 34 山本達雄
  • 35 媚薬
  • 36 処女を悦ばす妙薬
  • 37 締まりをよくする方
  • 38 実用
  • 39 専門家の弊害

  • 処女を悦ばす妙薬

     よって説き出す一条は、紫稍花(ししょうか)で、これは淡水に生じる海綿の細い骨である。海から海綿を取り出し、ただちに水につけて面を掃くと、切られ与三郎のように30余ヶ所もかすり傷がつく。それは海綿には、こんなふうの細いガラス質の針があり、それを骨として虫が生きているのである。その虫が死んでもその針は残る。ゆえに海綿を手に入れたら苛性カリで長く煮てこの針を溶かしきり、柔らかくなったのを理髪店などに売り用いるのだ。

    痛いというのと痒いというのとはじつは程度の違いで、海綿の海に生ずるものは件の針が大きいため突くと痛む。しかしながら、淡水に生じる海綿は至って小さなものなので、その針は微細で、それで突かれても痛みを感ぜず、鍋の尻につける鍋墨に火がついたように、ここで感じここで消えるということが止まらない。すなわちハシカなどにかかったように温かくて諸所微細に痒くなり、その痒さが移動して一定せず、いわゆる漆にかぶれたように感じるのだ。それを撫でるとほんとうに気持ちがよい。

    むかし男色を売る少年を仕込むのにその肛門に山椒の粉を入れたのをも、このように痒くてならないところを、金剛(男娼における妓丁のようなもの)が一物を突き込み撫で回して快く感じさせ、さてこのことを面白く感じさせるように仕込むのだ。

    ちょうどそのように、この淡水生海綿の微細な針をきわめて細かく粉砕し(もっとも素女にはきわめて細かく、新造にはやや粗く、大年増にはさらに粗く、と精粗の別を必要とする)貯えておき、さて一儀に臨み、一件に付けて行なうときは、恐ろしさも忘れるほどに痒くなる(これをホメクという。ホメクとは熱を発して微細に痒くなり、その痒さが種々に移動するのをいうのだ)。

    時分はよしと1上1下3浅9深の法を活用すると、女は万事夢中になり、今までこんなよいことを知らなかったことが悔しいと一生懸命に抱きつき、割れるばかりにすりつけ持ち上げるものである、と説教すると山本農相はもちろん鶴見局長も鼠色のよだれを流し、「ハハハハハ」「フウフウフウ」「それはありがたい」などと感嘆が止まない。初めの威勢はどこへやら、小生を御祖師さんの再来のように三拝九拝して、「寄付帳はそこへおいていらっしゃい、いずれ差し上げましょう、まことにありがとうございました」と出口まで見送られた。

     それから15日に山本氏から寄付金をもらい、25日朝、岡崎邦輔氏を訪ね寄付金1000円を申し受けた。そのとき右の惚れ薬の話をしたところ、「僕にもくれないか」とのこと、君のは処女でないから難しいが何とか一勘弁して申し上げましょう」「何分よろしく」「今夜大阪へ下るからそこでも世話しましょう」とのことで別れ、旅館へ帰るとすぐさま書面で処女でない女に効く方法をしたため、速達郵便で差し出した。

     それには山本農相などは処女を好くようだが、処女というものは柳里恭も言ったように万事気詰まりで何の面白さもないものである。それなのに特にこれを好むのは、その締まりがよいためである。

    さて、もったいないが仏説を少々聴聞させよう。釈迦が菩提樹の下で修行して、まさに成道しようとするとき、魔王波旬(※はじゅん:「悪者」を意味する悪魔の名※)の宮殿が振動し、また32の縁起の悪い夢を見る。そのため心が大いに楽しまず、こうなっては魔道はついに仏のために破られるのだと懊悩した。魔王の3人の女は、姉は可愛、既産婦の体を現じ、次女は可喜、初嫁婦の体、三女は喜見と名づけ山本農相専門の処女である。この3人の女は釈迦の所に現じ、ドジョウスクイを初め雑多の踊りをやらかし、ついに丸裸となって戯れかかる。

    最初に処女の喜見が何をしたって釈尊の心は動かない。次に次女の可喜が昨夜初めて男に逢った新婦の体で戯れかかると釈尊もかつての妻との新枕を思い出し、少し心が動きかかる。次に新たに産をした体で年増女の可愛が戯れかかると、釈尊の心は大いに動き、もう成道を止めて抱きつこうかと思ったが、諸神の擁護で思い返して無事を得た、とある。

    だから処女は顔相がよいだけで彼処には何という妙味がなく、新婦には大分面白みがあるが、要するに34,5のは後光がさすとの諺通りで、やっと子を産んだのが最も優っている。それは「誰が広うしたと女房小言言い」とあるように、女は年をとるほど、また場数を経るほど彼処が広くなる。西洋人などはとくに広くなり、我輩のなんかを持って行くと、九段招魂社の大鳥居の間でステッキ1本持ってふりまわすような、何の手応えもないようなのが多い。だから洋人は1度子を産むと、もう前からしても興味を覚えず、必ず後ろから取ることが多い(支那では隔山取火という)。

    しかしながら子を生めば生むほど雑具が多くなり、あたかもイカが鰯をからみとり、タコが梃に吸いつき、また丁字型凸起で亀頭をぞっとするように撫でまわすなどの妙味がある。膣壁の感度がますます鋭くなっているため、女の心地よさもまた一層で、あれさそんなにされるともうもう気が遠くなります、下略、と夢中になってうなり出すので、盗賊の防ぎにもなる理屈である。

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    「履歴書」は『南方熊楠コレクション〈第4巻〉動と不動のコスモロジー』 (河出文庫)に所収




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