"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳14)


"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳)

  • 1 姪のこと
  • 2 イタリアの信神者の話
  • 3 英国紳士
  • 4 礼式
  • 5 聞きたがり
  • 6 春画のことなど
  • 7 人を避けるための春画
  • 8 春画の効能
  • 9 田辺に大福長者
  • 10 チバルリー(騎士道)
  • 11 高子
  • 12 愛子
  • 13 飲酒
  • 14 小乗仏教
  • 15 大乗仏教は望みあり
  • 16 時に応じ機に応じ
  • 17 禅批判
  • 18 真言と禅
  • 19 真言宗は今の世に
  • 20 科学教育
  • 21 不思議
  • 22 萃点
  • 23 tact
  • 24 発明というのは
  • 25 夢のお告げ
  • 26 真言徒がなすべきこと
  • 27 科学
  • 28 科学の他に道はない
  • 29 念仏宗
  • 30 科学は真言の一部古伝の功
  • 31 古伝の功
  • 32 科学教育をすすめよ
  • 33 自然の理
  • 34 人間の想像の区域
  • 35 二仏三仏

  • 小乗仏教

     むかし宋江は36人を率いて河南に横行する。侯蒙は宋帝に上書して、「この輩は賊であるといえども、わずかに36人で天下を物ともしないのは、必ずその人となりが正常でなければできることではない。朝廷はよろしく彼らを採用して国難を治めさせよ」といった。まことにもっともなことである。

    もし伝説のように多く酒を飲んで、そうして、日中は数百の昆虫を集め、数千の植物を顕微鏡標本に作り、また詳しく画に描いて彩色し、英国で常に科学の説を闘わし、また文学上の投書をし、かつふだん読書をし、また随筆を書き、もしくはこの状のようなものを草案もせずに書き流すことができるとすれば、これは偉大なことではないでしょうか。ましてや、その人は何の世に迷惑をかけることもなく、何もかも現金で払うところを見れば、その経済の方は、まことに穏やかな法を秘し、行なっているものといわざるを得ない。

    たとえ伝説にせよ、実際上そんな飲酒ばかりで命も身も続く理は万一にもないが、そんなものがあるとすれば、これを非難するよりも、仁者は、喜んで仰ぎ強くあこがれ慕って、尊人に敬服してよい。どうだ。これから本論に入ろう。

     貴状、秘密大乗は、金剛薩埵から竜樹に伝わる、云々。知れ切ったことである。予はその伝説について異議があるのではない。ただし予は我が真言徒に何という断見があるものが少なく、かの卑近最卑の小乗の、猫を見て礼をしたり、女が縫い物するところを後ろから布団をかぶせて姦したものは、何々の罰というようなつまらなことを、至れり尽くせりと称揚する小乗、およびそれをわかりやすいからほめる洋人などの説に雷同し、仏教は(大乗を入れて一概に)無神教であるとか(大乗は大日およびその他無数の神を尊奉する。断じて無神教ではない)、また、人間の至近の得手勝手から(中江氏がいったように)この世で自分らがこの貧国に住み、不義理なことばかりをして、貧乏困窮するからといって、たちまち万有みなこのようだと悪く思い取り、寂滅入涅槃、何も知らずに寝転び歩く猫をうらやむような小乗などと同一視されるのを、ひたすら耶蘇教と異なる所があれば、あればよいことと心得て喜び、晏子の御者然と驕りほこるのを不可不似合いといったのだ。

     法令が煩わしくなって人がますます乱れることは、後北条氏のことを引いて福沢翁もいった。漢の高祖が関に入って作った法はわずかに3章、英国のマグナ・カルタの法は4章で世界第一の国の興隆を成した。百戒、五百戒などと、オメコした数を数えるように、潔癖に守ることが多いことを誇るのは、その人の罪に陥りやすい心の弱点の多さも知られて、他教のものに比べて恥ずかしいことでもあるのだ。

    ましてや違式註違を読んで小便を大通りでしたくなるようなもので、この罪はこれこれの罪とあまりに几帳面なほど、これを逃れる工面を考え、また一方では、若いものなどはいろいろと罪状を読むとかえって罪を犯してみたくなることが多い。だから、大乗の者の目から見れば、じつは小乗よりは耶蘇教の方がましといわざるを得ない。なぜかというと、小乗は何といって奉尊するものなく、ほんの梵教徒などに対する世間法上からの不平を洩らした一時的な建立に過ぎないからである。

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    「"南方マンダラ",「不思議」について,その他」は『南方熊楠・土宜法竜往復書簡』『南方熊楠コレクション〈第1巻〉南方マンダラ』 (河出文庫)に所収。




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