"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳19)


"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳)

  • 1 姪のこと
  • 2 イタリアの信神者の話
  • 3 英国紳士
  • 4 礼式
  • 5 聞きたがり
  • 6 春画のことなど
  • 7 人を避けるための春画
  • 8 春画の効能
  • 9 田辺に大福長者
  • 10 チバルリー(騎士道)
  • 11 高子
  • 12 愛子
  • 13 飲酒
  • 14 小乗仏教
  • 15 大乗仏教は望みあり
  • 16 時に応じ機に応じ
  • 17 禅批判
  • 18 真言と禅
  • 19 真言宗は今の世に
  • 20 科学教育
  • 21 不思議
  • 22 萃点
  • 23 tact
  • 24 発明というのは
  • 25 夢のお告げ
  • 26 真言徒がなすべきこと
  • 27 科学
  • 28 科学の他に道はない
  • 29 念仏宗
  • 30 科学は真言の一部古伝の功
  • 31 古伝の功
  • 32 科学教育をすすめよ
  • 33 自然の理
  • 34 人間の想像の区域
  • 35 二仏三仏

  • 真言宗は今の世に

     ただし、そんなことは宗教としては決して世に立たない。なぜかというと、1人の主義ということはいえるが、宗教は1人のものではなくて、多数の人間からなる団体のものであるからである。

    だから狂人が飢えているのを満腹と心得、火で足が燃えるのを蓮華を踏むと心得て自ら喜ぶのと同じく、その人の勝手と断ずるのに止まる。ただ、人間は(社会動物で)狐憑き、天狗憑き、あくびまでも(何の信仰も用事もないのに)うつるものである。ゆえに右のような狂人ごときが世にあまりはびこるときには、世間法の一事として法律の制裁をもって、このような狂言閑惰ばかりか、人徳を煩わすもの、社会を攪乱するものを厳しく罰することを願うのだ。

    簡単にいうと、このようにつまらないことを繰り返して、悟り悟りと世にも人にも用のないことをしゃべくって、自ら悟ったと心得,また心得たように見られようとするものは、よほど悟りの悪い人間で、なにか真面目に世間に1日も顔出しできない隠匿の悪事でもあるのじゃと察せられるのだ。

    米虫はどうするのか(インドのセルヴァカ仙人の教えはこの通りであった。すなわち一切のことはみな、我が思うところのままに押し通せ、自分以外のものは虚妄である、というようなことであった。何という役に立ったことも、また真面目な人が1人も奉じたことも、伝えたことも聞かない。そんな教えならば、その人は自分の期待するところも教えを立てる本旨もあるはずがないからである)。理屈の筋道のつづいた狂人である。

     そうして実際は、胆力が弱いから強くしたいとか、狂人になりそうだから安心したいとか、じつに些少なその本人の程が知られるような趣旨から、右のような洪大漠濛の教旨に入るのを見るとおかしい。ちょうど 1/2 から1/20, 1/200, 1/2000 とだんだん増して、除数を大きくするほど本数が小さくなるように、1/∞ 無究大で1を割ると答えがまことに無究小の0となる。これに反して、無究小 0 で1を除すると答えが ∞ 無究大となるように、本人の了見が小さいほど悟ったような言葉が大きくなる。まことに妙なことじゃ。

     入我我入とか、身平等、意平等、そんなことは、1日3文で食えるインドや、樹下で行をしていれば、村の別嬪が醍醐味(※最上の味の食べ物、チーズ※)とまでいかなくとも、握り飯や豆腐のおからを持ってきてくれるような、簡単な世のときにいうべきことだ。今はそうではなく、すでに古えの塵を除けて(今は全滅してしまった)、我が日本、支那ほど人のぎっしり詰まった国はない。

    だから小生のようなものは、帰朝したものの、少し都会へ行くと,昼鳶(ちゅうえん)国というべき新想像界に入ったように、約束はまったく頼れず、物を買っても送り届けてくれず、見本と現品とが違う、誓ったときに物のできあがったためしはない。本来仏性のある人だから、好んで悪を行なうのではない。ただ人間が多いから、少しでも人の目をかすめ,気がつかないところで労を省く他に儲けはないのだ。

    このような世にあって自他を利益するにはどうしたらよいかというと、国の産業を起こし、融通通貨の活発になることを期待し、海外に貿易するとか、用品を安く多く作って、余剰の物は絶えず外国のものと交換するとか、それぞれの急務はあるのだ。

      ただし米虫らは、因位(※まだ修行中で成仏していない地位※)の回り合わせでこんなことに当たらないから一切無関係かもしれない。しかしながら知らぬが仏というほどのことで、今はその果が回り来て、用心しないと、仏国のゼシュイト徒が昨今あうようなひどい目にあうことになるのだ。信長公が叡山を焼いたのと同様のもっともなことである。

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    「"南方マンダラ",「不思議」について,その他」は『南方熊楠・土宜法竜往復書簡』『南方熊楠コレクション〈第1巻〉南方マンダラ』 (河出文庫)に所収。




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