"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳30)


"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳)

  • 1 姪のこと
  • 2 イタリアの信神者の話
  • 3 英国紳士
  • 4 礼式
  • 5 聞きたがり
  • 6 春画のことなど
  • 7 人を避けるための春画
  • 8 春画の効能
  • 9 田辺に大福長者
  • 10 チバルリー(騎士道)
  • 11 高子
  • 12 愛子
  • 13 飲酒
  • 14 小乗仏教
  • 15 大乗仏教は望みあり
  • 16 時に応じ機に応じ
  • 17 禅批判
  • 18 真言と禅
  • 19 真言宗は今の世に
  • 20 科学教育
  • 21 不思議
  • 22 萃点
  • 23 tact
  • 24 発明というのは
  • 25 夢のお告げ
  • 26 真言徒がなすべきこと
  • 27 科学
  • 28 科学の他に道はない
  • 29 念仏宗
  • 30 科学は真言の一部古伝の功
  • 31 古伝の功
  • 32 科学教育をすすめよ
  • 33 自然の理
  • 34 人間の想像の区域
  • 35 二仏三仏

  • 科学は真言の一部

     次に科学を真言の一部として(しなくとも実際そうである)、宇宙一切を順序立て、人々の心の働きの分に応じて、宇宙の一部を楽しむことをさせてみよ。いかなるものも心の内の楽は数で数えられないものなので、自分の随喜執心次第でどれほどにも深く長く楽しむことができる。

    欧米ではこのことの素養を怠ったため、今はただただ数量上の勘定から、有限の物体上の快楽のみを貪り、社会党とか無政府党とかいうものが出てきた。もしこれをして取っても尽きず量っても限りない心、物、理、事の諸不思議の幾分かを自分の思うままに順序を整いそろえて楽しむことを知らしめることができれば、このような無惨乱暴なことは出なかったはずである。

    世が哲学時代になることを望むのは、学者一般の希望である。ただし哲学時代といって、人ごとにロック、ヘーゲル、ハーバート、ニーチェ、プラトン、カントなどと古今の人の名を並べて、その残りかすで議論を戦わす世になることを望むのが真意であろうか。また親の意見を聞いた意趣晴らしにその手紙のてにをはを咎めるように、ドイツ語の訓釈をして福沢翁の心学早学文をやりこめたりすることをいうのだろうか。

    要は、人々がこの宇宙無尽の事、物、理、心の諸相を取って、思い思いに順序立てて(すなわち科学風に)観念し、研究なり賞賛なりして、米虫のような無用の飯米つぶしは1人もいないようになることこそが望ましい。この他に開化も教化もないことと存ずるのだ。

     右金粟如来ずいぶん疲れたが、汝ら米虫蝸牛輩を憐れむばかりにちびた筆を走らせた。わからないことがあれば何でも聞きに来い。暁も近く八声の鶏も聞こえるからちょっと横になり、明日は早くからまた山中に珍物を見に行く。だからこの手紙は校字せずに左様心得察読あれ。

    末筆にいう。(前述の禅宗のことについて)予は何か頓知の稽古また落首の指南などに禅を学ぶというならば、その人にいっそ連歌を学べというだろう。禅の語録の、女の前などで言えず、また欧州人などに訳して聞かされないような乱れた言葉よりは、この方が優美の風を添え、文学上のたしなみともなってよろしかろう。左にひとつの名吟を示す。

    ロンドンで銭乏しく、高橋という食客と2人、豪州の兎肉の缶詰は量が多くて値が安いからといって、そればかりを買って来て食らう。高橋「こよひはや兎一(ひと)カン食ひ尽くし」。金粟王「ブリキの底にのこる月影」。    以上

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    「"南方マンダラ",「不思議」について,その他」は『南方熊楠・土宜法竜往復書簡』『南方熊楠コレクション〈第1巻〉南方マンダラ』 (河出文庫)に所収。




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