鶏に関する伝説(その28)

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  • 概説

  • (概説の2)

     これから鶏の東西諸邦の名を述べると、古英語で雄鶏をハナ、雌鶏をヘーンといったは、あたかも独語のハーンとヘンネ、蘭語のハーンとヘン、スウェーデン語のハネとヘンネに当る。ヘーンはヘンとなって残ったが、ハナは全く忘却され、現時英語で雄鶏をコック、鶏雛をチッケン、中世ラテンで雄鶏をコックス、仏語でコク、いずれもクックまたキックなる語基より出で、つまりその鳴き声に因った由(『大英百科全書』十一板十三巻二六五頁)。

    『続開巻一笑』四に、どもりに鶏の声を出さしむべくかけして穀一把を見せ、これは何ぞと問うと、穀々と答えたとあれば支那も英仏同前だ。英名ファウルは独語フォーゲル、デンマーク語フューグルと等しくもと鳥の義だったが、今はシー・ファウル、ウォーターファウル(海鳥、水鳥)等の複名のほか、単にファウルといえば雌雄鶏を兼称する事となりいる(『大英百科全書』十巻七六〇頁)。わが邦でトリは鳥の総名だが、普通の家庭では鶏を指すに等し。ただし正確に鶏を指すにはコンモン・ファウル(尋常鳥)、またダングヒル・ファウル(掃溜はきだめ鳥)というて近属のピー・ファウル(孔雀)、ギニー・ファウル(ホロホロ鳥)等と別つ。

    仏語で雌雄鶏を併称してプール、雛はプーレ、これより出た英名パシルトリーは肉食採卵のため飼った鳥類の総称で鶏、七面鳥、家鴨あひる、皆その内だ(同二二巻二一三頁)、伊語で雄鶏をガロ、雌鶏をガリナ、西語で雄ガヨ、雌ガイナ、露語で雄ペツーフ、雌クリツァなど欧州では雌雄別名が多い。

    東洋や南洋となると、マレイで雄鶏アヤム・ジャンタン、雌鶏アヤム・ベチナ、サモアで雄鶏モア・タンガタ、雌鶏モア・ファフィネなどはわがオンドリ、メンドリに似居るが、オニワトリ、メニワトリといわぬを見ると、英語のファウルと等しく、昔は鶏を本邦で単にトリといったものか。鳥のといえば専ら鶏声を指し居る。鶏の名ヘブリウでウーフ、ヒンズスタンでムルギ、タシルでケリ、ジャワでピテク、モレラ等でマヌ、カジェリでテフイなど何に基づいたのか予に分らぬ。

     英語に鶏から出たことばが多い。例せば雄鶏が勝気充溢して闘いに掛かるごとく、十分に確信するをコック・シュア、妻に口入れされて閉口するを、雌鶏に制せらるる雄鶏に比べてヘンペックト。それからコケットリー、これは昔は男女ともに言ったが、今は専ら女のめかし歩くを指し、もと雄鶏が雌鶏にほれられたさに威張って闊歩かっぽするに基づく。コケットといえば以前は女たらしの男をも呼んだが今は専ら男たらしの女を指す。それからコックス・コーム(鶏冠)はきざにしゃれる奴の蔑称べっしょうで雄鶏が冠をそばだてて威張り歩くにかたどったものだ。また力み返って歩むを指す動詞にも雄鶏の名そのままコックというのがある。

    往年予西インド諸島で集めた介殻かいがらを調べくれたリンネ学会員ウィルフレッド・マーク・ウェッブ氏の『衣装の伝統』(一九一二年板)に、洒落者しゃれものをコックス・コームと呼んだ訳を述べある。シャパロンてふ頭巾ずきんは十四世紀に始めて英国で用いられ、貴族男子や武士がかぶったが、十六世紀よりは中年の貴婦人が専ら用いた。だから英仏語ともに未通女おとめの後見として、群聚や公会に趣く老婦をシャパロンと呼ぶ。

    『ニュウ・イングリシュ・ジクショナリー』に拠ると、近年英国では若い女の後見に添い行く紳士をもこの名で呼ぶ。第二図イに示す通り、以前頭巾の頂後を短く突出したが、追々それがロのごとく長い尾となって垂れ下りついに地に触るるに及んだ。その尾の縁にひれを附けて誇る事となったが、更に支那人の喧嘩に豚尾を巻き固めたごとく、鰭を畳み頭の一側に立たせて長尾で頭巾に巻き付ける風になり(ハ)、後には手数を省くためニのような出来合できあいのシャパロンが出来た。くだんの鰭を頭巾に巻き付けたていが馬鹿に鶏冠に似ているので、洒落しゃれた風をする男をコックス・コームと称えたそうだ。
    「第2図 シャパロンの進化」のキャプション付きの図

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    「鶏に関する伝説」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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