鶏に関する伝説(その14)

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  • 概説

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     金製の鶏でなく正物の鶏を宝とした例もある。元魏の朝に漢訳された『付法蔵因縁伝』五に、馬鳴めみょう菩薩華氏城かしじょうに遊行教化せし時、その城におよそ九億人ありて住す。月支げっし国王名は栴檀せんだん※(「罘」の「不」に代えて「厂+(炎+りっとう)」、第4水準2-84-80)※(「咤−宀」、第3水準1-14-85)けいじった、この王、志気雄猛、勇健超世、討伐する所摧靡さいひせざるなし、すなわち四兵を厳にし、華氏城を攻めてこれを帰伏せしめ、すなわち九億金銭をもとむ。華氏国王、すなわち馬鳴菩薩と、仏鉢ぶつばつと、一の慈心鶏を以て各三億金銭に当て、※(「罘」の「不」に代えて「厂+(炎+りっとう)」、第4水準2-84-80)※(「咤−宀」、第3水準1-14-85)王に献じた。馬鳴菩薩は智慧殊勝で、仏鉢は如来にょらいが持った霊宝たり。かの鶏は慈心あり。虫の住む水を飲まず。ことごとく能く一切の怨敵おんてきを消滅せしむ。この縁を以て九億銭の償金代りに、この三物を出し、月支国王大いに喜んで納受したそうだ。これは実に辻褄の合わぬはなしで、いわゆる慈心鶏が一切の怨敵を消滅せしむる威力あらば、平生厚く飼われた恩返しに、なぜ華氏城王のために奮発して、月支国の軍を打破消滅せしめず、おめおめと償金代りに敵国へ引き渡しを甘んじたものか。

     世間の事、必ず対偶ありで西洋にも似た話あり。十三世紀にコンスタンチノプル帝、ボールドウィン二世、四方より敵に囲まれて究迫至極の時、他国へ売却した諸宝の内に大勝十字架あり、これを押し立て、いくさおもむけば必ず大勝利をというたものだが、肝心緊要の場合に間に合わさず、売ってしまったはさっぱり分らぬとジュロールの『巴里パリ記奇』にづ。例の支那人が口癖に誇った忠君愛国などもこの伝で、毎々他国へ売却されて他国の用をしたと見える。いましめざるべけんやだ。

     一八九八年、ロンドン板デンネットの『フィオート民俗記』に、一羽の雌鶏が日々食を拾いに川端にく。ある日※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)わにが近付いて食おうとすると、雌鶏「オー兄弟よ、悪い事するな」と叫ぶに驚き、なぜわれを兄弟というたかと思案しながら去った。他日今度こそきっと食ってやろうと決心してやって来ると、雌鶏また前のごとく叫んだので、※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)、またなぜわれを兄弟と呼ぶだろう。我は水に、彼は陸上の町に住むにといぶかり考えて去った。何ともせぬから、ンザムビ(大皇女の義で諸動物の母)に尋ねようと歩く途上、ムバムビちゅう大蜥蜴とかげに逢い仔細を語ると、大蜥蜴がいうよう、そんな事を問いに往くと笑われる、全く以て恥さらしだ。貴公知らないか、鴨は水に住んで卵を産みすっぽんもわれも同様に卵を産む。雌鶏も汝もまた卵を生めばなんとわれらことごとく兄弟であろうがのとやり込められて、※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)は口あんぐり、それより今に至って※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)は雌鶏を食わぬ由、これは西アフリカには※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)がなぜか雌鶏を食わない地方があるので、その訳を解かんとて作られた譚と見える。

    アラビヤの昔話に、賢い老雄鶏が食を求めて思わずらず遠く野外に出で、帰途に迷うて、す所を知らず、呆然として立ち居るとただ看る狐一疋近づき来る。たちまち顧みると狐がとても登り得ぬ高い壁が野中に立つ、因ってつばさを鼓してそれに飛び上り留まる。狐その下に来り上らんとしても上り得ず、種々の好辞もて挨拶すれど、鶏一向応ぜず。ただ眼を円くして遠方を眺める。その時狐が言い出たは、わが兄弟よ、獣の王たる獅子と鳥の王たるわしが、青草茂れる広野に会合し、獅子より兎に至る諸獣と、鷲よりうずらに至る諸禽とことごとく随従して命を聴かざるなし、二王ここにおいてあまねく林野藪沢そうたくに宣伝せしめ、諸禽獣をして相融和して争闘するなからしめ、いささかも他を傷害するものあればこれを片裂すべしと命じ、皆一所に飲食歓楽せしむ。また特に余をして原野に奔走してれなく諸禽獣に告げ早く来って二王に謁見しその手を吸わしむ。されば汝も速やかに壁上より下るべしと。

    鶏は更に聞かざるふりしてただ遠方を望むばかり故、狐大いにせき込んで何とか返事をなぜしないと責むると、老鶏始めて口を開き、狐に向い、汝の言うところは分って居るがどうも変な事になって来たという。どう変な事と問うとアレあそこに一陣の風雲とともに鷹群が舞い来ると答える。狐大いに惧れて犬も来るんじゃないか、しっかり見てくれと頼む。鶏とくと見澄ましたていで、いよいよ犬が鮮やかに見えて来たというので、狐それでは僕は失敬すると走り出す。なぜそんなに急ぐかというと、僕は犬をおそれると答う。たった今鳥獣の王の使として、一切の鳥獣に平和を宣伝に来たと言うたでないか、と問うに、ウウそれはその何じゃ、獣類会議に犬はたしか出ていなかったようだ、何に致せ僕は犬を好かぬから、どんな目に逢うかも知れない、と言うたきり、跡をも見ずに逃げ行く見にくさ。鶏は謀計もて大勝利を獲、帰ってその事を群鶏に話した由(一八九四年スミツザース再板、バートンの『千一夜譚』巻十二の百頁已下)、昨今しばしば開催さるる平和会議とか何々会議とかの内には、こんなおどかし合いも少なからぬべしと参考までに訳出し置く。

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    「鶏に関する伝説」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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