田原藤太竜宮入りの話(その21)

田原藤太竜宮入りの話インデックス

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  • 竜の起原と発達
  • 竜の起原と発達(続き)
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  • (竜とは何ぞ10)

    それからトザーの『土耳其高地の研究レサーチス・イン・ゼ・ハイランズ・オヴ・ターキー』巻二に、近世リチュアニア、セルビア、ギリシア等で、ドラコンは竜の実なく一種の巨人おおびと采薪たきぎとり狩猟かりを事とし、人肉を食うものとなり居るも、比隣となりのワラキア人はやはり翼とときつめあり、焔と疫気を吐く動物としおる由を言い、くだんドラコンてふ巨人に係る昔話を載す。ラザルスてふ靴工、蜜をめるところへ蠅集まるを一打ちに四十疋殺し、刀を作って一撃殺四十と銘し、武者修業に出で泉の側に睡る。

    その辺に棲める竜かの刀銘を読んで仰天し、ラむるをちて請いて兄弟分とる、竜なかまの習い、毎日順番に一人ずつ、木を伐り水汲みに往く、やがてラが水汲みに当ると、竜の用うる桶一つが五十ガロン入り故、からながら持ち行くに困苦を極む、いわんや水を満たしては持ち帰るべき見込みなし、因って一計を案じ、泉の周囲を掘り廻る。

    余り時が立つので、見に来ると右の次第故何をするかと問う、ラ答うらく、毎日一桶ずつ運ぶのは面倒だからこの泉をまるで持って帰ろうとするところだ、竜いわく、それを俟つ間に吾輩渇死となる、汝を煩わさずに吾輩ばかり毎日運ぶ事としよう。次にラが木伐ききりの当番となり、林中に往き、縄で所有あらゆる樹をつなぎ居る、また見に来て問うにこたえて、一本二本は厄介故、皆持って往こうと言うと、その間に竜輩凍死すべければ、以後汝を休ませ、吾輩毎日運ぶべしと言った。

    誠にいやなものを兄弟分にしたと迷惑の余り竜輩評議して、ラが睡るに乗じ斧で切り殺すに決した。ラこれをぬすみ聞き、その夜木槐きくれに自分の衣を臥内ねやに入れ、身を隠し居るとは知らぬ竜輩来て、木が屑になるまで※(「石+欠」、第4水準2-82-33)り砕いて去った。ラ還って木を捨てその跡へ臥す。

    鼾が高いので、竜輩怪しみ何事ぞと問うに、今夜痛くぶとされたと対う。あんなにしたたか斧で※(「石+欠」、第4水準2-82-33)ったのを蚋が螫したとは、到底手におえぬ奴だ、何とかして立ち退かそうと考え、翌旦あくるあさラに、汝も妻子をちと訪ねやるがよい、大金入りの袋一つ上げるからと言うと、汝らのうち一人その袋をかたげていて来るなら往こうと言う。

    因って竜一人ともしてラの宅に近づくと、暫く待っておれ、我は先入って子供が汝を食わぬよう縛り付けて来るとて宅に入り太縄で子供をくくり、今竜が見え次第大声でその竜肉をいたいと連呼よびつづけよと耳語ささやいて出で、竜を呼び込むと右の通りで竜大いに周章あわて、袋を落し逃れた。

    途上狐に会って子細を話すと、たわけた事を言いなさんな、ラザルスごとき頓知奇とんちきせがれが何で怖かろう、われらなどはあの家に二羽ある鶏を、昨夜一羽平らげ、只今また一羽頂戴ちょうだいまかり出るところだ、嘘と想うならいて来なせえといって、竜を自分の尾に括り付けてラの宅に近づく、ラこれを見て狐に向い、われ汝に竜を残らずれて来いと言ったに、一つしか伴れて来ぬかと呼ばわる。竜さては狐と共謀して、吾輩われらを食うつもりと合点し、急ぎはしると、※(「てへん+曳」、第4水準2-13-5)きずられた狐は途上の石で微塵みじんに砕けた。

    ラは最早もはや竜来るうれいなければ、安心してかの袋の中の金で巨屋を立て、余生を安楽に暮したそうだ。竜をかかる愚鈍なものとしたのは、主として上述の川に落ちて死ぬほど、身重く動作緩慢なりなどいう方面から起っただろう。

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    「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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